③ 4/17 菜花は踏み台です
「ようこそ、アカツキビールのご令嬢様方。超一流企業に勤める皆様と出会えて光栄です」
いきなり立ちあがったのは、サイドを刈り上げた黒髪に黒ぶちメガネ。薄い顎髭に口髭の、どこか胡散臭い男だった。
「中山と同じ、ソーシャルゲームや、webデザインなどを手がけるSKY REVOLUTIONの
とても丁寧に自己紹介をはじめたが、その視線は田沢だけに集中していた。あまりにもわかりやすい男で、菜花は思わず幸野と顔を見合わせた。
幸野にも不愉快の文字が浮かんでいたが、こればかりは仕方がない。菜花はこれから食べる本格イタリア料理に思いを馳せて、笑顔をつくり直した。
溝口の次に自己紹介をはじめた
こいつもかとため息が洩れそうになったが、中山良雄は違った。
本当にやさしい目をして、周囲を気遣いながら話をしてくれる。特に男三人、女四人になってしまったことを詫びていた。
「あともうひとり。きっちり人数をそろえたかったのに、日がなくて……。ごめん」
両手を合わせて、菜花に謝る。
長方形のテーブルに男女が向かいあって座り、最後に座った菜花の前には誰もいなかった。
「ん?」
はたと気が付いた。
今日の昼休みに、幸野から「合コンメンバーがひとり、足りない」ということで、無理やりメンバーにさせられた。それなのに……、おかしい。
田沢が自己紹介をはじめたタイミングで、菜花は幸野の袖を引っ張った。
「ちょっと、幸野さん。気軽な居酒屋合コンでもないし、三対三だったなら、わたしを呼ぶ必要ないよね。どういうこと?」
小声で話しかけたが、「シィィッ」と人差し指を唇に。そしていきなり、手をあげて立つ。
「はぁーい。私は、幸野悠友でぇす。幸せの幸に、野原の野。名前は、果てしなく続く悠久の悠に、友達の友でハルトモ。なんだけどぉ、ちょっぴりいいにくいから、ユウユって呼ばれてまぁーす。よろしくね!」
え、なに? このハイテンション。と、菜花は珍獣を眺める目になった。
同じ職場で二年以上一緒に働いているけれど、ユウユなんて聞いたことがない。しかも、どっから声が出ているのか。耳を疑うような甲高いキャピキャピ声。
三十路前の女には、絶対、似合わない仕草だと感じたのに。
「へぇ、ユウユちゃんか。かわいいね」
田沢しかまともに見ない溝口が、反応した。
女性のかわいいと、男性のかわいいには三万光年の開きがある。そのような話を聞いたことがあるような、ないような。菜花は渋い顔をして、ユウユの自己紹介を見守った。
「はぁい、次は菜花だぉ」
ストンと腰をおろしてからも、とっておきのかわいい笑顔を振りまくユウユ。真似をするべきか一瞬悩んだが、首を横に振って菜花も自己紹介をはじめた。
「幸野さんと同じ総務で働く、大石菜花です」
わざと「幸野さん」と呼んだら、ピキッと空気に亀裂が入る。ユウユは笑顔を崩していないのに、その呼び方はやめろと重苦しい圧力を感じた。
もともと菜花はユウユを嫌っていない。むしろ、職場では菜花に仕事を教えてくれる、いい先輩。しかしふたりとも三十路前。お互い、強い結婚願望をもっていた。そして今回、菜花がこの合コンに呼ばれたのは、あきらかにユウユの策略。
千乃は幹事なので、恋の邪魔をしてこない。一番のライバルは田沢恵里奈。でも彼女は才色兼備で、どうがんばってもユウユに勝ち目はない。そこで、自分と同等かそれ以下の菜花を呼びつけて、踏み台にするつもりでいる。
普段はいい人なのに、恋は盲目。面倒くささを感じながらも、早く正気に戻れと菜花は祈る。
だが――。
「菜花って名前はかわいいけどぉ、大石って、ほら、あれ。
ケタケタと笑いだすから、溝口もそれに乗る。
「殿中でござる! って奴か。そういえば最近、金がない、ない、って言ってる
「えっ。好きとか、嫌いとかないけど……」
小学生の頃、大石という名字をからかわれたことがある。それと同じレベルの話題に、はははと乾いた笑みしか出てこない。そもそも名字は、菜花が好んで付けたわけじゃない。そんな当たり前のこともわからないのかと、腹が立つ。
苛立ちが顔に表れたとき、良雄が手をあげた。
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