番外編(3)

バーンの顔は見なかったが、雰囲気がさっきと変わったことは手に取るようにわかっていた。

もちろんラシスのことを知っているからこそ言える台詞である。

彼女と会って、話したからこそ言える台詞であった。

しかし、当のバーンはそんなことは知る由もないので動揺を隠しきれなかった。

そう言われてこわばった顔になった。

頭の中にラシスの顔が浮かんだ。

自分を見てうれしそうに微笑んだ彼女の顔が。

昨日、校門のところで喧嘩別れした悲しそうな彼女の顔が。

アレックスの言葉を聞いて思わずミネラルウォーターの入ったペットボトルが手から抜け落ちて、床に転がってしまった。

ハッとして、それを急いで拾い上げると何事もなかった顔でコーヒーサーバーに水を入れ、蓋を閉じた。

その様子を横目で見ながら、アレックスは笑い出すのを必死にこらえていた。

あまりにも過剰な反応をするバーンに楽しくなっていた。

イジメているわけではないが、こう打てば響く反応を示すバーンを見るのも久しぶりだった。

持っていたフライパンから出来上がったひとつ目のオムレツを皿に移した。

美味しそうな湯気がたちのぼっていた。

続いて次のオムレツを作り始めた。

「図星かよ」

満足げに半分笑いながらも、視線はフライパンからは動かなかった。

2つ目のオムレツを手際よく形づくると、再び皿に盛りつけた。

「………」

そんな兄の姿を見ながら、バーンは肯定も否定もしなかった

何も言わずに見つめるしかなかった。

正直な話、自分がどう反応してよいのかわからなかった。

そうこうしているうちに、あたりにはコーヒーの香りとトーストの焼き上がる香りに包まれていた。

出来上がった皿を持ちながら、アレックスはダイニングテーブルの方へ戻ってきた。

バーンを促すように早々に席に着いた。

ハッとしたように我に返ると、バーンは焼き上がったトーストをのせた皿とコーヒーサーバーを持って、同じようにアレックスの向かいの席に着いた。

「………」

座っては見たものの兄の顔は見られなかった。

前髪で両眼を隠したままうつむいた。

心もち頬が色づいたようにも見えた。

アレックスはテーブルに置かれたサーバーを持って、2つのマグカップになみなみと熱いコーヒーを入れた。

その1つをバーンの前に差しだし、もう1つを持って香りをかぐと一口飲んでみた。

久しぶりに弟の入れたコーヒーを飲んだ。

上手いコーヒーだった。

カップを手放しながら、バーンの方を見て笑って言った。

「ホント、お前、わかりやすいな」

そう言われてバーンは初めて自覚した。

久しぶりに会う兄が見てとれるほど、自分に変化が現れていることを。

にわかには信じられなかった。

「………」

思わず黙り込んでしまった。

兄の顔をただ見つめていた。

アレックスもそれ以上、この事について話そうとはしなかった。

バーンがあまり熱心に食事を摂っていないということを知っていた。

キッチンの隅に自分が頼んでいるハウスキーパーが作ったであろう夕食が手つかずのまま残されていた。

それをとやかく言うつもりはなかったが、バーンの常日頃の生活が心配であった。

昔からそうだった。

食べることや眠ること。

生きていく上で最低限のことすらもどこかで切り捨てようとしている。

そんな感じがしていた。

「おし!さ、熱いうちに食おうぜ」

パンッと手を一回打ち鳴らすと、アレックスはフォークを持ってがっつくように食べ始めた。

そんな兄の姿を見て、バーンもホッとしたようにコーヒーを飲み始めた。

「ほらよ」

アレックスがトーストの入ったかごを眼の前に突き出した。

「………」

バーンは驚いて眼を見開いた。

「ちゃんと食えよ。全部、残さずな」

「…食べてるよ…」

思わず反論してしまった。

しかし、そんな反論には耳を貸すはずもなく、さらに倍になって言葉が返ってきた。

「あほ!飲んでるの間違いだろーが。まだ何も食ってないんだからな」

ニヤリと笑って言った。

「………」

「俺様が作った超グレートスーパーなできの朝食を少しでも残したら承知しねぇ」

「………」

ようやくトースト1枚手に取った。

バーターを薄く塗って、口へと運んだ。

それからオムレツに手をつけた。

一口二口と食べ始めた弟を見て、アレックスは少し安心したような表情を浮かべた。

「どうだ?」

「おいしい…よ」

抑揚のない声でバーンが答えた。

「ホントかよ?お世辞じゃねぇのか?」

半分疑ったように言った。

アレックスからすればこんなふうなバーンを見るのは本当に久しぶりだった。

いつもなら黙り込んだまま、しばらく何も言わない。

その間や声のトーンで彼の感情を推しはかっていることが多かった。

「………」

バーンは「お世辞じゃないよ」と言いたかったが、その言葉を口にすることはできなかった。

「本当に。」

そう短く告げた。

どう伝えたらいいか、迷っているようにも見えた。

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