第16話 形見(1)
夕明かりが夕闇に変わりはじめた頃。
彼らは海が望める展望台にいた。
遙か彼方にはゴールデン・ゲート・ブリッジが霧に霞んでその一部分をかろうじて見ることができた。
アレックスは外側の柵に身体を寄りかからせながら立っていた。
サングラスはかけず素顔のままで、海よりは対岸の街の灯りに目を向けていた。
もちろん煙草の煙の中から。
ラティは彼の目の前にあるベンチに腰を下ろしていた。
ようやく泣き止んで、眼下に広がる海をぼんやりと眺めていた。
ラシスの話が一段落つき、ふたりはしばらく何も言葉を口にしなかった。
ただ、静寂だけがその場にあった。
アレックスは何も言わなかった。
ラシスも彼に何も聞かなかった。
と、
「…聞いてもいい?」
その沈黙を破ったのはラシスだった。
うつむきながら、口を結んでいた。
「なんだい?」
彼女の方を見て優しく声をかけた。
「どうして彼を一緒にNYへ連れて行かなかったの? 一緒に連れて行っていれば、彼は独りにならずに済んだし、こんなこと…」
彼女は途中で口を結んだ。
これ以上言ってしまうと、彼に八つ当たりしてしまう自分を感じたからである。
「君がそう言うのは、もっともだな」
彼は煙草を吸いながら、彼女から視線を外した。
「理由は二つ」
「………」
「俺はあいつがどの事件でも加害者じゃないと信じている。信じているからこそ、この場所から逃げてほしくない。この場所から姿を消すっていうことは、自分に非があることを認めることになる。だから、どんなにつらかろうと、どんな噂がたとうと、胸を張って生きてほしいんだ。だから、連れて行かなかった」
静かな口調で、ゆっくりと説明しはじめた。
ラシスは足元を見ていた。
「もう一つは、両親のことさ」
「飛行機事故で亡くなった?」
急に視線をあげ、彼を見た。
「ああ」
彼もその視線に合わせるかのように彼女を見た。
「俺は、親父たちの死に疑問を持っているんだ」
「え!?」
意外な答えに驚いた。
左手を口元にあてたままで硬直している。
「親父の日記に、事故に遭う少し前からおかしな記述があるのさ。それを確かめようとジャーナリストの道を選んだ。この仕事をやってるとその手の情報には事欠かないからな」
偶然の死ではないという状況だけは何とか理解できた。
しかし、それ以上を理解するには時間が必要だった。
彼らの両親は人為的な原因による死だったのか?
それとも誰かに殺されたのだろうか?と。
彼女も悟った。
彼の、バーンのまわりに存在する不可思議な一致を。
「………」
背筋が凍った。
彼が原因?
いや。ちがう。
でも、バーンは…。
彼女が知っている彼はそんなものではない。
それ以外に何か得体の知れない力が働いている気がした。
「俺と一緒にいたら…そのことを調べていくことによって、あいつを…また、追いつめることになるかもしれない。」
「……」
「だから、連れて行かなかった」
彼の言い分もわかる。
わかるが、ラシスはバーンの気持ちを考えると、やはりアレックスを許せなかった。
この世に二人っきりの兄弟。
ならば、兄として彼を守ってほしかった。
バーンは、11歳から独りでこの街に暮らし、その毎日を他人の奇異で、好奇で、疑心暗鬼な視線にさらされながら生きてきたのだ。
「勝手よ…アレックス……。」
これ以上ないくらい冷たく彼女は言った。
「そうだな。」
その言葉を最後に、会話がとぎれた。
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