第7話 回想(2)

「おまえさ、あんまり母さんに心配かけるなよ」

「外に出るの…好きじゃない」

公園へ向かう歩道を歩きながら、二人は話していた。アレックスは帽子のつばをくるっと後ろに向けた。

「なんでだよ?」

「頭が痛くなるんだもん。それに、」

「右眼のことか?」

「…うん。」

バーンはうつむきながら答えた。

「その事でお前をからかうやつがいたら、俺がぶん殴ってやるよ」

「兄さんに殴られたら、その子、怪我しちゃうよ」

「自分のことより他人の心配かよ。自分のまわりに自分で壁を作ったら、何もできなくなっちまうぜ」

「………」

アレックスはかぶっていた帽子をひょいと取ると、それをそのままバーンの頭に深々と押しつけた。

「!?」

急に前が見えなくなったので、驚いて自分の頭に手をやった。帽子のツバを上げてみるとアレックスの笑顔が見えた。

「俺は、お前の眼なんて気にならないよ。むしろ、綺麗だと思うし、人より変わっていていいじゃん」

にっとアレックスが笑っていた。バーンは兄の一言で少しほっとした。

緑に囲まれた公園には高い柵が張り巡らされていた。誘拐防止用のためだ。

公園であっても常に大人の目があることに変わりはない。

金網になったフェンスのドアを押して中に入ると、広場と色鮮やかな遊戯施設が飛び込んでくる。

数人の子どもが走り回っていた、そばのベンチにはそれを見守る親たちがいた。その大人達の視線が入り口の二人に向けられた。一瞬、バーンはビクッと身体をこわばらせた。

アレックスの腕にしがみつくようにしながら立っていた。その弟の異変に気づかないはずはないのだが、努めて平然としていた。

「さて、何して遊ぶ?」

「・・・・」

「おーい、暗くなるなよ。遊ぶ気はないんだな?」

「う…ん。」

うつむきながら頷いた。

「じゃあ、何をする?」

「何でもいい…?」

「いいぜ。付き合うから」

「大きな樹の…そばに行きたい」

そう言ってしまってから、バーンはハッとして口を閉じた。相手のことを考えず、自分だけの身勝手な要求をしてしまったのではないかと考えたからだった。おそるおそるアレックスの方を見ると、彼はむしろうれしそうだった。バーンが自分の気持ちを正直に話したことを喜んでいた。

「じゃ、ここじゃなくてラピディム公園の方じゃないか。早く言えよ」

「ごめん。」

「バーカ、なに謝ってんだよ。怒ってるわけじゃねーよ」

「………」

「行くぞ。バイクにでも乗ってくるんだったな」

二人はその公園を後にした。さらに、歩いて15分のところに、山をひとつ貸し切ったような自然公園があった。樹齢何百年という木々が数多く生息している。普段はあまり人の来ない場所だった。

入り口を入ってすぐに、野外アスレチック用のロープや丸太でできた柵がたくさん見えた。

「何か、さっきと顔が違うな。ほっとしたような顔してる」

まじまじとバーンの顔を観察しながら、アレックスは言った。

「兄さんといるからだよ」

「うそつけぇ。森の中にいるからだろう?」

「ほんとだったらっ!」

からかい半分でアレックスはバーンの頭を突いた。バーンは両手で頭を押さえると、ぷくっと膨れた顔でアレックスを追いかけた。

じゃれあっても5才も年が離れている彼は力でも何でも自分には勝てない。

わかっていた。

今のバーンにとって本気で向き合えるのは、俺ひとりだけだということが。

両親にも少しずつではあるが距離を置き始めた頃。人と違うことがようやくわかり始めた頃のあいつ。

「先に行ってろ。俺、事務所でジュース買ってくる」

ポケットに手を突っ込んで、小銭を取り出すとアレックスは駆けだした。

「あの樹の下にいればいいの?」

「ああ。」

バーンは遠ざかっていくアレックスを見ながら、不安そうな表情を浮かべた。しかし、気を取り直して小走りに走り始めた。



アスレチック用のロープを手に持って、急な坂を下っていった。

色とりどりの落葉樹の屋根を抜けていくと、少し開けた場所に出る。

ちょうど公園の入り口から、奥に10分ほど歩いて行ったところに立っている大きな樹。州の記念物にも指定されているメタセコイアの木がある。

ここが彼にとって「いつもの場所」。

バーンは樹の根元まで歩み寄ると、上を見上げた。

大きく張り出した何本もの太い幹から空を覆い尽くすように枝が広がっている。緑の葉が太陽に反射しているように見えた。葉を揺らした風が、同じようにバーンの髪も揺らした。眼を閉じて、両手を幹に置く。

ざらざらした感触。土の香り。緑のにおい。幹を流れ、上っていく水の音まで聞こえる気がした。

はあ…とバーンはため息をついた。

「癒される」という言葉をまだ知らなかったが、ここにいると落ち着いて、「自分」が「自分」でいられる気がした。人の中にいるよりも、緑の中にいる方が素直になれる気がした。

「あー、バーンだ」

不意に後ろから声をかけられ、ぎくっとしてバーンは眼を開けた。振り返ると4人の少年が立っていた。年の頃は彼と同じくらいだろうか。

TシャツとGパンというシンプルな出で立ちであった。

「こんなとこで、何してるんだよ。」

「……」

バーンは答えなかった。ただ、黙って彼らを見ていた。

「話しかけてるのに、シカトかよ。」

ひとりの少年がバーンの態度に、いらついて唾を吐いた。

「なあ、こいつにやらせようぜ」

ひそひそと耳元で何やら囁き始めた。

「あ、いいかも」

「おい、バーン。俺たちと一緒に来い」

「ちょうど罠を仕掛けて、うさぎかなんかを捕まえようと思ってたんだけど」

「お前が、実験台になれ」

強い命令口調で少年たちは言った。しばしの間をおいて、バーンはぽつりと返答を返した。

「…いやだ」と。

「なんだよ!! やれって言ってんだろ!」

「逆らうのか!?」

「いい気になりやがって。その眼で見られるとムカつくんだよ」

「弱いくせに! いきがってるんじゃねーぞ!」

「うさぎだろうが何だろうが、生き物をおもしろ半分で傷つけるな!!動物だって、傷つけられたら痛みを感じるんだぞ」

「俺たちに説教かよ」

「バカじゃねーの? たかが動物じゃん」

「思い知らせてやる。おい、ジョン、ニック、ディル」

「OK。ジャック」

彼の一言で三人の少年は、バーンの両手両足を身動きがとれないようにそれぞれ押さえつけた。

「やめろ!! 放せ! 放せよ!!」

戒めをはずそうとするが、三人がかりでは到底無理であった。

「その生意気な口が利けないように、してやる!」

ボズッとジャックの拳が、バーンの左頬にあたった。前かがみに倒れそうになるのを両腕を押さえていたジョンとディルが引っ張った。また、同じ体勢に引き戻される。

口の中が切れ、血の味がした。一発殴りはじめるとあとは次々だった。腹部にも右頬にも。

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