第4話 出会い(3)

「よっと。煙草のポイ捨てはよくねえよな」

ポケットからようやく手を出し、律儀に道路に落ちた煙草を拾い上げた。

そして無造作に道路に横たわっていた彼女の自転車を拾い起こした。

きびすを返して、ラティの方に近づいてきた。

「大丈夫かい?」

「は・・・い。」

男はサングラスをゆっくりはずし、素顔を見せた。彼女はじっと彼の顔を見ていた。そういわれてみれば、バーンによく似ている。

もちろん雰囲気は違うが、金髪も、透きとおるような青い瞳も、顔の輪郭もバーンにそっくりだ。

「バーンのお兄さん…ですか?」

「ああ。自己紹介する前にとんだことになっちまった。俺はアレックス。バーンの実の兄貴でこの高校のOBさ」

(アレックス・オッド)

「君の名前を聞いてもいいかい?」

「はい。ラシス・シセラです。助けていただいてありがとうございました」

彼女はにっこり笑った。こぼれんばかりの明るい笑顔だった。

アレックスはその笑顔を見ながら自転車を彼女の手に戻してやった。

(でも、どうして?)

ラティは意外そうな顔をしていた。

「兄貴がいるって知らなかったのかい?」

「はい。」

「だろうな」

アレックスはバーンの性格を考えて言った。極端に人を寄せ付けないあの雰囲気を。人と接することを嫌い、独りでいることがあたりまえになっていた。

「あの、」

「アレックスでいいよ」

さんづけは嫌なのか、先手を打ってきた。ポケットから煙草を取り出して、またその一本に火をつけた。

「アレックス、彼は…」

そう言いながら、少し恥ずかしそうにラティはうつむいた。

「昔からあんなふうに無口なんですか?それとも私が嫌われてるのかなぁ…」

口にくわえていた煙草を指で挟むと、ちょっと間を置いて彼が言った。視線は彼女の一挙一動に向けられている。

「それはないと思うがなあ。あいつ、小さい頃からああだし。別にあんただからってわけじゃないと思うぜ」

彼女は何とも言えないため息のようなものをつきながら、背の高い彼を見上げた。

「あなたはどう思いますか?その…彼が人と極端に距離を置いている事について」

このことを言い終わらないうちに彼女はうつむいた。

「そんなにあいつが気になるのかい?」

「え?」

答えを期待していた彼女は、答えと違った問いかけに逆に驚きながらアレックスを見た。

「いや、あんたの気にかけ方が、ちょっと普通と違って見えたからさ」

煙が目にしみたのか、指でちょっと目をこすりながら少し意地悪をするような口調で言った。

「わたし、普通じゃないですか?」

アレックスはラティを見たまま、けげんそうな表情で黙り込んだ。バーンの周り、いや自分の周りにも今までいなかったタイプのだと思った。真っ直ぐで、明るくて、頭のきれる女性。まるでバーンと彼女とでは、存在が対極のように思えた。

『陰』のバーンと『陽』のラティと。

「ちょっと、そこ黙るところじゃないですよ」

「変な女。」

目が笑っていた。

「周りの人たちの態度のほうがよっぽど変です。」

きっぱりと彼女は言い切った。

「まさかあいつにここまでかまってくれる女性がいるなんて思いもしなかったよ。ぼそ」

彼女に聞こえないほどの声で、アレックスは言った。

「いーたい事があるならはっきり言って下さい。まさかあなたまで彼の事、疎ましく思ってるんですか?」

「んなことあるわけねぇだろ。血のつながりのある唯一の肉親なのに」

「⁉︎ 唯一って。あの、ご両親は?」

彼女のその言葉を途中でアレックスは遮った。

「何か冷たいものでも飲みてぇな。さっき運動してのどが渇いたし、こんなところで立ち話もなんだし」

「もしかしてわたしナンパされてますか?」

「ナンパされたいのかい? 欲求不満か?」

胸ポケットからサングラスを取り出しながらかけると、ニヤッと笑う彼がいた。ちょっと赤面しながら、彼女は冷たい視線を彼に送った。

「ハァ。ほんとに彼と血が繋がってます? いーですよ、ノンアルコールなら、ごちそうになります」

初対面にもかかわらず、ラティは言いたいことは言った。それを聞いてアレックスはうれしそうに笑った。

「結構言うねぇ。ま、いいか。じゃあ、ダウンタウンのデリにでも行こうぜ」


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