第116話 巣立ち(3)

「もし! 斯波さんがちょっとでもそんな顔したら・・あたし、ぶん殴ります!!」



夏希の言葉に


萌香は引いてしまうほどだった。



「ぶん殴るって・・」



「だって! 二人の赤ちゃんじゃないですか! 一瞬でも迷ったりするような気持ちになったりすることさえ・・あたしは許せません!」



最近


すぐに涙腺が爆発する。


あっと思ったらもう


洪水のように涙が出てくる。



夏希はそれを拭おうともせずに


萌香に必死になって言った。



「加瀬さん・・」



「あたしにとって斯波さんも栗栖さんも同じように大事な人です。 二人がいたから、ここまでやってこれて。 隆ちゃんとも・・結婚できるまでになって。 斯波さんと栗栖さんがもっともっと幸せになれるようにって、あたしはいっつも・・思ってました。 二人に赤ちゃんがやってくるなんてホントに嬉しいことなのに・・」




夏希はそう言って、そっと萌香に抱きつくように泣いてしまった。




天真爛漫で


あたしに


ないところばかり持ってる子で。




彼女がいるだけで


そこだけ


ぱあっと明るくなるような


ひまわりみたいな女の子で。




あなたに出会えてから


あたしは


どれだけのその明るい光をもらったんだろう。




妹のように


もう


かけがえのないほど


彼女が愛しくて


かわいい。



「・・おおきに。 ありがとう・・」


萌香も泣いてしまった。



優しく彼女の背中をポンと叩いた。



「きちんと話をしてくださいね、」


別れ際、夏希は萌香に言った。



「・・ええ。」


萌香は静かに微笑んだ。





夏希はひとりの部屋に帰って、あんこをゲージから抱き上げた。




「ごめーん。 遅くなって。 ゴハンだよね~。」


と、撫でてやった。




『女として理屈じゃなくて、好きな人の子どもを産みたい・・』



そう言った萌香の言葉を思い出す。




子供かァ


あたしは


そんな風に思ったこと、あったかな。



あんこのゴハンを用意しながらそんな風に思った。



あたしと隆ちゃんの赤ちゃん・・



宙を見て想像してみた。




しかし




ダメだ・・


ぜんっぜん想像できない・・




はあっとため息をついた。





ほんっとあたしって


コドモだなあ。



あんな風に


大人な考え


いっこも浮かばないよ~~~。



情けなくなった。



「加瀬の新しいマンション行って来たんだろ? どうだった?」


斯波は帰ってきた萌香に言った。



「・・え、ええ。 いいとこやった。 まだなんもなかったけど、」


萌香は少し動揺しつつ、コートをハンガーにかけた。




夏希からあれだけ励まされたが


萌香はどうしても


怖くて


斯波にそれを口にすることができなかった。


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