第103話 明けて(3)

それにしても


八神が作ったウエディングケーキは本当にプロが作ったかのように素晴らしかった。


「すごいでしょ? 慎吾とあたし今朝6時にここに来てさあ。 ずっと作ってたの。 ま、あたしはちょこっと手伝っただけだけど。 慎吾の渾身の作だよ。」


美咲は二人に言った。


「もうすでに眠いけどな・・」


八神は疲れた顔で笑った。



「・・八神さん、」


夏希は胸がいっぱいになってしまった。



八神はスッと高宮の前に行き、


「ずっと。 心にひっかかってて。 あの時、殴ってゴメン。 それずうっと言いたかった・・」


少しもじもじしながら言った。


「・・そんな。」


高宮は戸惑ってしまう。


「ま。 余計なお世話だったけどな。 今思えば。 でも、あの時はもんのすごく腹が立って・・気がついたら殴っちゃったし、」


八神はふっと笑う。



「え、八神 こいつのこと殴っちゃったの?」


真尋はそこに食いついた。



「ま~~。 ちょっと、」



「信じられね~~! 八神がァ? 本気で怒るトコさえ見たことないの・。 よっぽど腹立ったんだなァ、」




そう


よっぽど


夏希のことが心配だったんだな。



高宮はそう実感し、ふっと微笑んだ。



「あの時。 自分のふがいなさに喝を入れてくれたと思ってますから。 いろんなことあって彼女にプロポーズしようって思えましたから・・」


と言うとすかさず



「え、なに? なんてプロポーズしたの?」


真緒がそこに食いついた。



「えっ・・」



高宮は絶句した。



「そうそう! どうやって? このニブい加瀬にプロポーズしたの??」


南も興味津々に身を乗り出した。



「そ、そんなこと!」


高宮は真っ赤になってしまった。



「ちょっとぉ、そのくらい言いなさいよ。 あたしに黙ってたくせに。」


妙なインネンをつけられ、



「ほらほら・・始まったで~~。」


志藤はおかしそうに笑った。



「え、プロポーズってされましたっけ、」


夏希が大真面目に言ったので、



「はァ?? なに? 覚えてないの!?」


高宮は驚いた。



「いつ?」



「言っただろっ! 『結婚しよ。』って!」


思わずバラしてしまい、



「え~~。 カワイソ~。 忘れられて!」


みんな大笑いだった。




そこに。


竜生がピアノにちょこっと腰掛けて、弾き始めた。




みんなが一斉に彼を見る。




それは


真尋の十八番。




リストの『愛の夢 第三番』だった。



あ・・



夏希はハッとした。





さっき


部屋で練習してたヤツだ。



あたしたちのために?





彼のピアノの音は


天才ピアニストの父親と同じように


みんなの心をぎゅっと掴んだ。




夏希と高宮は目を見合わせた。



そして


どちらともなく


微笑みあった。




みんなの気持ちが


じわじわと身にしみてきて。


胸がいっぱい





夏希はぼうっと


そう思っていた。

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