第98話 ステップ(1)

「あのねえ。 今年の正月はお母さんが東京に来るって。」


夏希はベッドの中で隣で本を読む高宮に言った。



「え、ほんと?」


本を置いて彼女を見る。


「うん。 隆ちゃんのご両親にも挨拶したいって。」


「てゆーか。 おれのがむこうに行って挨拶しないとだし、」


「そんなのもういいって。 お母さん、わかってるし。」


夏希はお気楽に言った。



「ダメだって。 こういうことはちゃんとしなくちゃ。 いちおう、夏希は一人娘だし・・」


「ムスメ・・だって。 自分が娘だなんてあんま思ってなかった~。」


と、またアハハと笑う。



「あ・・それに。 まだ斯波さんと栗栖さん以外の会社の人にも話してないよ、」


夏希は急に思い出した。



「おれも社長に言ってないし・・」


二人はとりあえず高宮の両親を説得するのに必死でそのほかのことは全く考えていなかった。




そんな時。


「はあ? カウントダウンパーティー?」


高宮は翌朝、南から電話を受けた。


「そう。 お義父さんとお義母さんは伊豆の別荘行っちゃうんだけどさあ。 真尋んトコも年末はいるし~。 今年は真緒ちゃんもいるしね。 ぱーっとやろっかって話になって。 志藤ちゃんの家族にも声かけて。 そんなら事業部のみんなも呼ぼうって話になってさあ。 すんごい人数になっちゃうけど。 でも楽しそうやん。 高宮もおいでよ。」


「考えただけで・・すごい人数ですよね・・」


「ほら、ウチ場所だけは広いから。 んで寝たくなったらみんな寝れるくらいの場所あるしね。 みんなで飲んで騒ごうよ~~。」



「はあ・・」


何となく返事をした。



「加瀬にはあとでメールしとくから。 じゃあね。 もう明後日やし。」


一方的に電話が切れた。




「なに?」


夏希が洗面所から出てきた。



「ん。 南さんちでカウントダウンパーティーやろっ・。 すんごい人、集まるみたい。」



「え! カウントダウンパーティー!? 楽しそう!!」


夏希はぱあっと明るい顔になって言った。



「あんこも連れてっていいかなァ。 南さんちだとゴハンもゴージャスそうだよねっ!」


みんなで騒ぐのが大好きな夏希はもうワクワクして止まらなかった。



夏希は一度ひとりで家に帰った。


ここのところ高宮の家にいることが多かったので散らかり放題だった。




あ、そーだ・・



夏希は思い出して、隣のインターホンを鳴らした。




「ごめんね。 今日は彼、仕事で出かけてて。」


萌香は夏希に紅茶を淹れてくれた。



「え。 まだ仕事してんですか?」



「雑誌の方の仕事。 大晦日ギリギリまであるって。」


と笑った。



「も~、会社でもあんなに仕事してんのに。 どんだけ働きたいんですかね。 身体が心配、」


夏希はため息をついた。



「それにあたしのことでもお世話かけちゃったし・・」



「それは彼がしたいことやったし。 あれで気が済んだと思うわよ。」


萌香は夏希の前に座った。



夏希は思い出したように、ペコっと頭を下げて


「本当に斯波さんと栗栖さんにはお世話になりっぱなしで。 いろいろありがとうございました。」


と神妙に言った。



「ううん。 ほんまにあたしもホッとした。 こうしてあなたが幸せになれるお手伝いができて・・きっと彼もそう思ってる。」


萌香は優しい瞳で夏希を見た。



「・・何が嬉しいって。 もちろん隆ちゃんのお父さんとお母さんにわかってもらえたことが一番ですけど。 斯波さんが、あたしのために泣いてくれたことですかね・・」


夏希はポツリと言った。


「ん。 彼も言ってた。 泣いちゃった、って。」


「もう。 なんも・・いらないって。 そう思えるくらいグッときちゃって。 それでね、隆ちゃんのお父さんが斯波さんのお父さんのことを知っていて。 ちょっとその話になったんです。」


「え?」


「斯波さんはずうっとお父さんと絶縁関係にあったって南さんから聴いたんですけど。 今はまあ仲直りしたのかもしれないけど、あんまり・・自分のこととか訊かれるの嫌がるじゃないですか? お父さんとの間に何があったかはわかんないけど。 そんな話されてどーしようって思って。 でも、斯波さん普通にお父さんのことを少し話してくれたんです。 びっくりしちゃった、」


夏希はふっと笑った。



「そう、」


萌香は紅茶に口をつけた。


「確かに・・お父さまとは以前よりもいい関係にはなったと思うけど。 彼なりに今まで過ごしてきた気持ちもあるし。 あまり触れられたくないことかもしれへん。 でも。 きっと高宮さんのお父さまにその話をすることによって、会話をやわらげたいとか。 そういう気持ちがあったかもね。 何とかあなたの心象がよくなるように、」


萌香はつくづくそう言った。


「え・・」


夏希は少し驚いた。


そこまで。


そこまであたしのために。


斯波さんが


あんなに頭を下げているところも初めて見たし。



夏希は斯波の思いに胸が熱くなった。


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