第84話 決心(3)

「どうしたの? 寝てるのかと思った・・」


萌香は志藤と取引先のパーティーに行っていたので斯波よりも少し遅く帰ってきた。



リビングに電気がついているのに


彼の姿がないので寝室に行くと、真っ暗な中、ぼんやりとサイドランプだけをつけてデスクに肩肘をつく斯波の姿があった。




「ん・・」




タバコの煙だけが白く立ち上る。




あの時


もう、どーしていいかわからなくて。


思わず


萌香に助けを求めたいほどだった。



しかし


いざ彼女が戻ってきても


『あのこと』


が口にできない。




「寝る、」


タバコを灰皿に押し付けて、ぽつりと言った。






「なに、アレ・・・」



南はコソっと萌香に耳打ちした。


視線の先は


朝から何の仕事もせず、ぼんやりとあさっての方向を向いてタバコを吸う斯波の姿があった。



「ゆうべから・・おかしいんです。 なんかあったの?って聞いても。 何も言ってくれなくて、」


萌香も困ったように言った。



ゆうべは


何度も寝返りを打っていたようだった。


眠れなかったせいなのか、今朝、目の調子がよくなくて珍しくコンタクトではなくメガネをすることになった。



「斯波ちゃんがデスクに座ってなんもしてないなんて・・事件ちゃう?」




そこに


「あ、南さーん! この前の真尋さんのコンサートのパンフにつけたストラップ! すんごい評判よくって~! レックスの斉藤さんに褒められちゃった~!」


夏希が能天気にやってきた。



「あ? ああ・・そっか。 よかったな。 あんたのアイデイアやったし、」



「デザイナーさんにも何回も変更かけてもらったりして。 南さんが紹介してくださった人だから、わがままも聞いてもらえて助かりました!」



「ま、加瀬もだんだんと仕事人ぽくなってきて。 あたしは嬉しいよ、」



「あ~~! もう、もっともっとがんばろ~!」




腑抜けの斯波と対照的に夏希はすこぶる元気だった。


彼がそうなっている原因が自分にあるとも知らずに。





斯波はその日1日


亡霊のようになっていた。



そして思い出したように


ふらっと秘書課にやってきた。




高宮がデスクで仕事中だった。


ぬぼーっといつの間にかにやってきていた斯波に気づかず


気配を感じて、驚いた。




「な・・なんですか?」


思わずいつものクセで構えてしまった。



「・・話・・あんだけど。」




ドキンとした。



ほんと


相性悪いっていうか。


この人との絡みなんてロクなもんじゃないけど。




高宮は嫌な汗をかいた。



「じゃ・・休憩室で・・」


と言うと、



「いや。 大事な話だから。 夜、空いてる?」




そんな


ガッツリな話???




ゾっとした。




間違いなく


夏希の話だ。




彼女・・


話したんだろうか。


斯波さんに。




早速すぎるだろ・・。




まった


グチグチといろいろ言われるのかなァ。




高宮は斯波の話の内容を想像するだけで、頭の中がパンパンになってしまった。





「ごめん。 遅くなって。」



「いえ、」


約束した店に斯波は少し遅れてやってきた。




高宮の目の前にはいつものようにウーロン茶が置いてある。


斯波はウエイターに


「・・ビールを、」


と注文した。



「え、」


高宮も彼が飲めないことを知っている。



自分以上に弱くて、ビールだってコップ1杯が限度なんだ、と前に夏希が言っていた。





ますます


なんの話~~???

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