第78話 イヴの奇跡(1)

相変わらず


これが何の曲って


わかんないけど。


気がついたら


ぼーっとしてしまうほど


真尋さんのピアノに聴き入ってしまう。



「すげえなァ、」


いつの間に隣に八神が来ていた。


「・・どんなにヘンタイでも。 ついていきたくなりますよね、」


夏希はポツリと言った。


「・・うん、」




二人は


ピアノを弾く真尋の背中を見た。



外が


雪になっていることには


気づかなかった。



都心では


もうイヴに雪が降ること自体が珍しかったので


そんなこと


思いもしないで。




さぶっ・・


夏希はコンサートの後片付けを終えて、外に出て思わずブルっと震えた。



雪・・だァ。



空を見上げた。



街灯に映し出された


その


ひらひらを見て。


夏希は一瞬のうちに


あの


長野の夜を思い出してしまった。



わけのわからないまま


ついて行ってしまった


あの長野でのことは


今思い出すと


本当に赤面しそうなほど恥ずかしいけど。



すっごく懐かしくて


思わず笑みがこぼれる。





ポケットの中の携帯が


ブルブルと震えてその存在感を主張した。



慌てて取り出すと


ウインドウに



『隆ちゃん』



と、文字が映し出されていた。



「もしもし?」



「ああ・・おれ。 終わった?」



「・・今。 帰ろうと思ったトコ。」



「おれも、今会社だけど。 もう帰るよ。」




『帰る』ところは


どこなのか。




「・・ウチに、」



夏希はポツリと言った。



「え?」



「・・帰ってきて。」



無意識に


出た言葉だった。



「ウン、」


高宮は嬉しそうに頷いた。






「あんこもひとりで留守番できるようになったんだなァ、」


高宮は夏希の部屋に行き、あんこを抱き上げた。



久しぶりに会って、少し大きくなった気がした。



「おりこうさんなんだよ。 あたしが帰ってくると、ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶし。 最近は朝、早く起きてちょこっと近所も散歩してるし。」


夏希は冷蔵庫をゴソゴソしながら言った。


「へー。 散歩もできるんだあ・・。 そっかあ、」


高宮はあんこに鼻先を舐められて、くすぐったそうに笑った。



夏希はキッチンからグラスをふたつと


シャンパンを持ってやってきた。



「シャンパン・・?」


高宮は怪訝な顔をした。


「ウン。 一緒に。 のも、」


夏希は笑顔で言った。


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