第68話 不信(3)

夏希が長い間ぼーっとしていると。


携帯が鳴った。


それにもすぐに反応できずにぼんやりとその電話に出た。


「もしもし、」


「あ・・おれ、」



その声の主は


八神だった。



「八神さん・・」



彼女の声のトーンが絶対に落ち込んでることが丸わかりで。


八神は胸を痛めた。



「ごめん、」


ひとことそう言った。


「え・・」


「おれ・・とんでもないこと、」


「いいえ。ちょっとびっくりしましたけど・・。」



声が


少しだけ和らいだ気がした。


「八神さんがあんなにあたしのことを思ってくれているなんて。 嬉しかったです、」


「加瀬・・」


「隆ちゃんは。 いつもあたしにまっすぐに向いてくれてて。 ほんと、あたしのこと騙すとか。 そんなこと思ってないって信じてます。 でも・・なんか・・切れちゃったみたいになって、」


夏希の声が震えた。



「あたしがほんっと・・コドモだから。 隆ちゃんの気持ちに応えられなかったんじゃないか、とか。 いろんなこと考えて・・」



どうか


コイツが泣いてませんように。


八神はぎゅっと携帯を握り締めた。




「明日・・会社・・来いよ、」


八神はそれしか言えなかった。


「はい。 ちゃんと仕事しますから。 あと・・真緒さんは悪くないんで。 ほんっと。 だから・・あの人には何も言わないで下さい。」


「え、」



「社長のお嬢さんなのにあたしみたいなぺーぺーにも、対等に話してくれて。 明るくて、楽しくて。 すっごくいい人なんで。 離婚してやっぱ傷ついてると思うんですよ。 だけど、明るく過ごしてて・・。 だから、」



なんで


お嬢のことまでそんなに


庇うんだよ・・。


八神のほうが


泣きたくなった。




電話を切ったあと


やっぱり


涙が出てしまった。


夏希は頬にこぼれた涙をそっと手で拭った。




ショックなのは高宮のほうだった



彼女に拒否されるのは


『あのとき』


以来で。


もう絶対にあんなことにならないようにって


一生懸命


彼女を愛してきたつもりだった。




そして


八神に言われた言葉も


心に突き刺さったままだった。




「・・・しておいてくれ、」


北都は目の前の高宮に指示をしたが、彼はぼんやりとするだけだった。


「聞いているのか?」


と言われて、ハッとして


「す、すみません! ぼんやりしてしまって、」


必死に頭を下げた。


「珍しいな。」


「いえ。 すみません、もう一度よろしいでしょうか、」


高宮はペンとメモを取り出す。



もう


夏希にも


言い訳は全てし尽くして。


謝ることもし尽くした。



もう


どうしていいか


わからない。




「あ、高宮さーん、」


外出から戻ると真緒がやって来た。


「え・・」


「これ。 昨日買い物に行った時にね。 どうかなァって、」


紙袋から小さな箱を取り出す。


「これ・・?」


「ほら、この前。 名刺入れが壊れたって言ってたでしょう? ちょっとおしゃれなのがあったから。」


「名刺入れ・・」


「ほんといつも高宮さんにはお世話になってるから。」


真緒は笑顔でそう言った。




神様が


今だ、と教えてくれているようだった。

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