007 ラノベには中原の熱い想いが埋まっている。
文芸部の部室からは、校内に植えられた桜並木が一望できる。狂おしいほどに満開だった桜も、最近では少し黄緑の芽が混じりつつある。
部室内にはのんびりとした空気が流れ、中原以外の部員は全員席に着いていた。
「では、本日の部活を始めようと思う。」
まだ中原の姿は見えないものの、部長の森欧内はそう切り出した。
「あれ? 今日は静かで平和だと思ったら、中原の馬鹿がまだ来てないみたいですけど……。」
芥川の疑問に対し、「彼ならもう、一時間ほど前から裏でスタンばっているわ。」と川端副部長が呆れた表情で言った。
「……? どういうことですか?」
疑問の答えは、本日の活動内容にあった。森部長は渋い声で、本日の文芸部活動内容を述べる。
「今日は――ライトノベルについて語り合いたいと思う。ここからの進行は、ライトノベルに精通している中原くんにお願いするとしよう。」
その突如――部屋の電気が消灯し、部室の備品であるBluetooth搭載のオーディオコンポから、RPGゲームのボス戦らしきBGMが鳴り響いた。
「ふっ――、この
(※中原中也は、廚二くさい一面があったとされる)
中原の声が室内に反響し、眩いスポットライトが中原の姿を照らし出した。百均の仮装商品らしい黒のマントを翻し、ゆっくり室内を一周する。
その腹立たしい登場に苛立った芥川は、先ず部屋の照明を点け、続いてオーディオのコンセントを勢いよく引き抜いた。
「えー、今日はもう各自で執筆ってことで、解散でいいんじゃないですか?」
芥川の提案に対し、「それ賛成~!」と谷崎が同意を示した。
「私もそれで構わないです。」と川端も後に続く。
「ちょっとっ!? 副部長まで、何故っ!?」
中原の疑問に、芥川は「登場演出が腹立つんだよ。馬鹿にしてんのか。」と一喝する。
一年の太宰は、後輩の立場である以上――どうしたものかと立ち上がり、きょろきょろと様子を覗っていた。
「まぁまぁ、中原君も今日のために色々準備してくれたそうだ。一先ず皆、カバンを下ろしたまえ。」
森部長が部員たちを宥め、部長の言葉なら致し方なしと全員席に戻る。
「え~っ……、ごほんっ! あ、改めて、円卓の騎士による会議を始めよう……。」
「円卓でもないし、騎士でもないけどな。」と芥川は、長方形の折り畳みテーブルに肘杖を付きながら突っ込みを入れる。
「まず第一に、ライトノベルとは何ぞや……? という所から始めたい。新団員の太宰、この問いの真実を述べてみよ。」
「えっ、私ですか……? うーん……、中身よりも表紙のイラストで売れ行きが決まったり、読者にオタクが多かったりする小説……ですかね。」
太宰の何気ない一言が、中原に深い傷を負わせたようだった。
「ぐふっ!? 貴様ッ! ラノベを愚弄するかっ!?」
「えっ? あ、すみませんっ。私、あんまりラノベは読んだことなくて。」と、太宰は素直に謝罪した。
「……まぁいい。確かに挿絵が多いことや、読者に特異者(オタク)が多いのはラノベの特徴のひとつだ。」
そう言って中原は太宰から、川端副部長へと向き直った。
「川端副団長、他にラノベの特徴をあげてみたまえ。」
「副団長ではなく、副部長ですけど。」
川端副部長はいつも通り目を細め、中原の言葉に静かに訂正を入れた。目を細める川端副部長は、一見するとほほ笑んでいるように見える。それでも有無を言わせぬような圧がすごい。
「……副部長、他にあるかね?」と、中原は少しきまり悪そうに尋ね直す。
「あまり存じ上げません――。」
「そ、そうか。」
「敬語」
「そうですか……。」
川端副部長は、礼節にはそれなりに厳しい。あえなく中原は、副部長に対しては自分のキャラ設定を押し通すことを諦めた。
「っで、では……、我が宿敵――アクタ・ガーワよ。」
「誰だよ……アクタ・ガーワ。」
今日の中原は、いつも以上に変なスイッチが入っているらしい。ラノベが今回の主題であり、気合が入っているのだろう。
「貴様の思うラノベの特徴を言って見ろ。」
「命令口調ムカつくな……。」と芥川は顔をしかめがらも、渋々と中原の問いに対して答える。
「えーっと、フランスのコース料理みたいに長くて説明口調の題名が多い。」
「おい、貴様もラノベを馬鹿にしてるのが見え透いているぞ。」
「馬鹿にしてねぇよ。それはラノベ好き特有の被害妄想だ。もしくは馬鹿だから、ラノベが馬鹿にされてると思うんだ。」と、芥川は素知らぬ顔で返す。
「何か今、さらっと俺様が馬鹿だって言われた気がするぞ?」
「いや、言ってない、言ってない。早く話進めろよ馬鹿。」
「おい! 今絶対バカって言ったな貴様っ! ぐぬぬ……貴様はもういいっ! 谷崎っ! お前はどう考える!?」
「うん? 私~?」
急に話題を振られた谷崎は、背筋を伸ばし眼鏡をクイッと人指し指で持ち上げた。照明の光が眼鏡に反射し、どこか淀んだ鈍い光を放つ。
「とりあえず、熱血系主人公とクール系ライバルで二次創作……」とそこまで言いかけたところを中原に遮られた。
「お前に聞いた俺が馬鹿だった。」
「えぇ~、聞かれたから答えたのにひどいなぁ~。」と谷崎は肩をすぼめる。
「くそっ、誰か他に……はっ、そうだ! 森団長! 貴殿の答えがききたいっ!」
森部長改め――、森団長は「ふむ……もちろん心得ている。」と頷いた。
力強い部長の肯きに、「おぉっ、さすが森団長!」と中原は安堵の表情を見せる。
「ラノベすなわち――我強者為り、異世界再誕、重婚ものであろう?」
森部長の格式高い言葉を現代語訳すると、『ラノベすなわち、俺つえー、異世界転生、ハーレムものである』ということだった。
「な、なるほど……。まぁ間違ってるとは言えない時の定めだが……。」
ここまでのところ、部内の人間のラノベに対する理解は、偏見も多少伴っているとはいえ、概ね間違っているとはいえないものだった。しかし、中原はそれでは納得がいかないらしく、ラノベに対しての熱い自論を語り出す。
「ラノベはこれまで――、文壇にて不遇といっていい差別的扱いを受けてきた。まさに魔法界における、純血魔法使いとマグル生まれの魔法使い。いや、魔法〇高校におけるブルームとウィードと言っていいだろう!」
芥川は「……例えがわかりづらい」と口を挟んだ。
「黙れッ、アクタ・ガーワ!」
「だから誰だよ、アクタ・ガーワ。」
中原はどんどんと語り口調に熱がこもっていった。溢れる想いは留まることなく、自己の悲しい過去の記憶をも語り始める。
「俺は忘れはしない……中学の時、『うわ、あいつラノベ読んでるっ……きもっ……。』と蔑んだ目を俺に向けたクラスメイト! 『あんたもう少し頭良さそうな本読みなさいよ。』と言った姉貴っ! とかく――ラノベは格式が低いだ、稚拙な文だと馬鹿にする者が多いっ!」
中原は肩を震わせ、ラノベに対する差別意識への怒りを露わにした。
「ラノベは――『SF』,『ファンタジー』、『ラブコメ』、『ミステリ』といった大衆文学の由緒ある歴史を持った、最先端の文芸なんだっ! ラノベを馬鹿にした連中を――俺はいつか……誰もが認める最高のラノベを書いて見返したいのだッ!」
中原のラノベに対する熱さの根幹は、ラノベを馬鹿にされた過去に根付く屈辱と――そして未来へ伸びる自身の夢へと繋がっていた。
瞳に涙を浮かべ必死に熱弁する中原の肩を、優しく支えるように芥川は手を添える。
「中原、お前の熱い気持ちは伝わったぞ。」
芥川に続き、文芸部部員の面々もそっと中原の背中に手を添える。
「……っアクタ・ガーワ! みんなっ……!」
中原は自身の想いが伝わった感動で溢れた涙を拭い、声高らかに宣言する。
「ありがとうっ……。それじゃあ今から、みんなで一緒にカッコイイ必殺技の名前と、チートスキルを考えようじゃないか! そしてその後は、みんなで最高の異世界転生の設定を練ろうっ!!!」
その提案に対して、部員一同は打ち寄せた波が一気に引いていくように、すぅ――っと後ずさりした。
普段そこまでファンタジーを読まない人にとって、ファンタジーの技や世界設定を考えるのは敷居が高い。ましてや自分の考えた必殺技や世界設定の発表会なんて、そんなものは羞恥プレイにほぼ近い。
「それは……、私は遠慮しようかしら。」という川端の言葉を引き金に、「あっ、今日バイトあるんだった~」と谷崎も続く。
帰り準備を始めた二人に対し、中原は森部長に助けを求めた。
「何とか言ってやってください森部長――、ってもういないしっ!」
忍者がどろんするように、いつの間にか森部長の姿は消え去っていた。芥川も皆に習って帰る算段を立てていた。電話がかかってきた振りをし、どさくさに紛れて帰ろうとしたが、中原に腕を掴まれて引き留められた。
「おい、アクタ・ガーワ!」
芥川は耳にスマホをあて、「すまん、さっきばあちゃんが死んだって……ぐすっ……。俺、帰らなきゃ……。」と言った。
「またかっ! 貴様の婆ちゃんが死ぬのは、これで4人目だろっ!?」
「複雑な家庭なんだよ……。」と芥川は肩をすくめる。
「そ、そうか……。引き留めて悪かった。」
「いやいやっ、絶対嘘じゃないですか。」と太宰はツッコミを入れたが、中原は芥川の見え透いた嘘を素直に信じているようだ。
中原に解放された芥川は、残された太宰に「アデュー!」とウインクをし、にこやかに去っていった。
「くそっ……おい、太宰っ!」
「えっ? 残ったの私だけですか……。」
親とはぐれて迷子になった小鹿のように、太宰はきょろきょろと見渡した。しかし、部室には自分と中原以外もう誰の姿も残ってない。
「太宰……お前はカッコイイ技名を、最低十個は思いつくまで、絶対帰らせないからな。」
「そ、そんなぁ~っ!」
一年生の太宰が尊い犠牲になり、中原が納得いく技名を考えるまで帰らせてもらえなかった。
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翌日の朝――芥川は通学路にて、げっそりとやつれた表情をした太宰を発見した。
「太宰、おはよう。昨日は大丈夫だったか?」
気遣う様にそっと声をかけると、太宰は虚ろな瞳で芥川を眺めた。
「あら……、どちら様かと思ったら……。昨日、可愛い後輩を見捨てて帰った芥川先輩じゃないですか……。おはようございます……。」
太宰は力ない声で、棘をまとった言葉を口にする。その様子を見て、何も自分だけが悪いわけではないが――(そもそも悪いのは中原である)、芥川も何だか申し訳ない気がしてきた。
「わ、悪かったよ。昨日はあれからどうだった?」
「どうもこうもないですよ……。とんだ辱しめを受けました。いっそ死んだ方がましです。」
「死んだ方がましって……お前普段からよく死にたがってるじゃん。」
「……はい? 先輩……なんか言いました?」
「っいや……何も……。」
今日の太宰はえらく機嫌が悪そうである。芥川はこれ以上、彼女を刺激しないように努めることにした。
二人並んで歩いていると、校門前を過ぎたところで”チリン、チリン!”と自転車のベルが鳴った。二人が振り返ると、そこには愛車の
「止まれ、
自分の乗っている自転車に「止まれ」と呼びかけながら、朝日が照らすコンクリに愚者(中原)が足を付いた。
「太宰よ、昨日はご苦労だった。貴様の考えた技を、このゲーテの魔道書に記しておいたぞ。」
中原のその言葉に、太宰はぎょっとした表情になった。
「ちょっー!? 中原先輩、あんた何してくれてるんですかっ!」
昨日、太宰が考えた”カッコイイ”技の数々を、中原はきっちりとノートにまとめておいたようだ。無理やり技名を考えさせられたあげく、それを記録に残されるなんて、太宰としてはとんだはた迷惑な話である。
「ふむ、我が宿敵アクタ・ガーワよ。貴様も読んでみるか。」
「おっ、読みたい、読みたい。」
「やめてくださいっ!」
ゲーテの魔導書が芥川に渡るのを阻止しようと、太宰は中原の手から奪い取ろうとした。しかし、中原はひょいと身を躱す。
「おっと、何をするんだ。この魔導書は組織のSランク指定機密だぞ。」
「そうだぞ太宰。魔導書が破れたらどうする?」
「……ってか、なんで芥川先輩も食い気味に読もうとしてるんですかっ!?」
朝っぱらの校門前でやいやいのと騒ぐ文芸部の三人に加え、「おはやっほ~♪」と呑気な挨拶をしながら谷崎潤子が現れた。
「……うーん~?」
何やら三人がノートの取り合いをしていると見て、谷崎は中原の背後からゲーテの魔導書を鮮やかに奪い取った。
「なになに~?
谷崎が読み上げたカッコイイ技名は、どうやら太宰が考えたものであったらしい。普段は雪のように白い太宰の肌は、顔から首筋までみるみる真っ赤に紅潮していく。
「よくもまぁこんな技名思いつくもんだ~。血吸蝙蝠の構えってなに?(笑)両手をばさーって広げるの~? ねぇ、三の型ってことは一と二もあるの? なんで黒薔薇なの? とりあえず黒いとカッコイイの? 死誘曲なんて言葉ないよね~? 自分で作ったの~? ねぇねぇ~?」
「おい、谷崎……それくらいにしておいてやれ。太宰のライフはもうゼロだ。」
芥川の言葉に、谷崎は「……へ?」と首を傾げた。まさかこの厨二臭いカッコイイ技の考案者が、すぐ傍で湯だったタコのように真っ赤になって震えている後輩だとは思わなかったようだ。
「うぅ……ぐすっ……、私……ちょっと……死んできますっ!!!」
「えっ!? 待って~、ごめん太宰ちゃん~! うそうそっ、超カッコイイよ~!」
脱兎のごとく駆けだした太宰の背中を、谷崎は慌てて追いかけていった。
「嘘だッッ!! もう死んでやる~!」
(※太宰は何かと死にたがりの傾向がある)
太宰と谷崎の賑やかな声が、彼らの頭上に咲く残り僅かな桜の花弁を揺らした。
そんな彼女らを眺めながら、やれやれといった表情で中原は「全く――騒々しいったらありゃしないぜ。」と言う。
「いや、今回は大部分においてお前が悪い。」
芥川の鋭いツッコミが、中原の長ったらしい前髪を揺らした。
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