ERAZER Reboot

姫乃 只紫

01『鶯内裏』


 気分はオルゴールの人形。ぜんまい仕掛けの足どりで回る。


 花が降っていた。狭い小路こうじにひらひらと、瓦板塀かわらいたべいにうずたかく積もって、ふぞろいな丸石が縁取る溝にこぼれてゆく。

 花は、まるで落ち椿のように、いずれも咲いた形をしていた。はなびらは強く瑞々しくて──この天変てんぺんに付けられた名前を思えば、すべて春の花なのだろう。

 花の彩りそこねた箇所を探して歩く。白足袋に深い緑の鼻緒をげた下駄。女というより女の子の脚。


 ──おんなのこ。


 空を仰いだ。時の移ろいを感じさせないこのからだから、成長の止まってしまったこの躰から、現実から目を背けた。視界を埋めるは、色とりどりの雨。その中で、一際目を引く紅紫は傷付いた蝶のようにてのひらへ堕ちて。


 風が吹いた。


 振り返ると、来た道がなかった。足跡は皆──花に覆い尽くされてしまっていた。

 不安になった。もし、次の一歩を踏み出したら、この下にもう地面は眠っていなくて、どこまでも墜ちてゆくのではないか。

 知らず握っていた手を開くと、たなごころに蓮華れんげの花が潜んでいた。


 無性に──握り潰したくなった。


 指の一本一本をそおっと降りたたんでゆく。少しずつ、少しずつ。蓮華にかげりが差して──。

 ふわりと、足許に影がひろがった。

 黒い傘をかざす、貴方がいた。咎めるようで、けれど淋しげな、その眼差しに。


 私は──うまく笑えているだろうか。


 ふうと掌の蓮華に息を吹きかける。宙を舞った赤紫の蝶は、けれど羽ばたくことはなく、緋色ひいろの苔に姿を変えるや、はらはらと墜ちていった。


 同じ傘の下、貴方の傍をついて歩く。貴方の足が前へ出る度、花の一つひとつが逃げるように、私たちから遠のいてゆく。

 貴方は気付いているだろうか。私が、あまり貴方を見ないことに。


 傷付いては──いないだろうか。


 どこか疲れたその横顔。くらい瞳に光を探して──。

 ひどく、申し訳ない気持ちになった。

 おなかに手を伸ばす。ああ、まだ目立ちはしないけれど。ぬくもりを感じる。動いている。だから。


 生きなければ。


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