第36話 天罰の話しを聞いて・・後遺症?

 美智子みちこと別れて会社に戻った拓也たくやは自席で考え事をしていた。

そこに同僚が話しかけてくる。


 「よお、拓也。」

 「・・・。」

 「おぃ? 拓也?」

 「・・・。」


 同僚の伸也しんやは、反応しない拓也の顔の前で手をヒラヒラとさせる。

だが、拓也は反応しない。

心ここにあらず、という状態である。


 伸也はニヤリとした。

そして、拓也の後ろに回り込み、拓也の耳元に口を持って行く。

そして・・。


 「わっ!!!」

 「わわわわわぁ!!!」


 拓也は驚いて椅子から飛び上がり、そのまま椅子ごと倒れ込んだ。


 「あははははははは、拓也、何やってんだよ!」

 「ば、バカヤロウ! 脅かすんじゃない!」


 周りは、そのやり取りを見ていたのか笑い出す。

課長はこの騒動に気がついたようだ。

そして、倒れ込んだ拓也を見てあきれ顔になる。


 「おい、そこ遊んでるんじゃない、仕事始まってんだぞ!!」


 課長が溜息混じりで注意をしてきた。


 「「すみません・・。」」


 伸也と拓也は課長の方を向き頭を下げる。

まるで小学校の授業風景だ。


 拓也は伸也に向き直ると、抗議をしようとした。

それを見た伸也はニヤリと笑う。


 「俺、見ちゃったんだよね~。」

 「?」

 「昼休みにさ、誰? あの美人。」

 「あ・・。」

 「あんなスーツをビシッときめた美人さ、見たこと無いぞ?」


 スーツ?

あ、そうか伸也にはスーツに見えんだ。

あれが巫女装束と知ったら、このオタク、もだえるんだろうな・・。

でも、教えてやらん、コイツには。


 いや・・・、教えても信じてもらえんか・・。


 「何時、知り合ったんだよ、あんな可愛い子とさ。

 今度、友達紹介してくれよ。

 あ、合コンでもいいぞ。」


 「あのな~・・、お前・・。」

 「何時にしようか? 今度の金曜はどう?」


 「バカか、あの人は取引先の人だ。

 仕事の事で、軽く打ち合わせをしていたんだよ。」


 「え? そうなの?」

 「ああ、そうだ。」

 「あ、なら俺と仕事先換わろうぜ。

 あんな可愛い子がいるならさ。」


 「ほう・・、じゃあ、課長にそう言ってくれ。」

 「ゲッ!」

 「だろう? 俺はいいよ。」

 「い、いや、あきらめる。」

 「じゃあ、おれが課長に伸也がそう言っていると・」

 「あ! 俺、外回りに言ってくるわ!」


 伸也はそういって、アタフタと飛び出して行った。

その様子に拓也は溜息を吐く。


 その時、課長から拓也は呼び出された。


 「おい、拓也!」

 「ゲッ!」

 「・・・お前、今、ゲッ!とか言わなかったか?」

 「あ、いや、その・・。」

 「まあいい、ちょっと此方こっちに来い!」

 「はぁ・・。」


 仕方なく拓也は転んだ姿勢から立ち上がる。

そして椅子を拾い上げて、机の位置に戻し課長席に向かった。


 「はい、これ。」

 「え?」

 「これ、お前の担当ね。」

 「へ?」

 「営業が急な案件を取ってきた。

 見といて。」


 「えええええええ!」

 「ん?」

 「おれ、今の仕事どうすんですか!」

 「あああ、あれ、あれは・・。」


 そういって課長は、そういえば、という顔をした。

どうやら、今、拓也がしている仕事の事を忘れていたようだ。


 「期限、いつまでだったっけ?」

 「再来月さらいげつの末までです。」

 「あ、余裕あるよね。」

 「二件同時には無理ですよ!」

 「そ、そう?」

 「課長!」

 「あ、分かった、分かった。

 だが、今回のは急を要すんだ。

 お前の今の仕事、どうするかな・・・。

 あ、そうだ、伸也に引き継がせろ。」

 「ええええ、彼奴あいつにですか?」

 「ああ、俺から言っとく。

 じゃ、宜しくな。」


 そういうと課長は用がすんだとばかりに、別の書類を手にとる。

そして右手をヒラヒラとふる。

もう行けよ、という合図だ。


 はぁ・・・と、溜息をついて、渡された書類を手に席にもどった。


 机に書類をおいて、どっこいしょ、と座る。

おっさんか!

そう自分に突っ込みを入れた。


 伸也かぁ、彼奴あいつに引き継ぎを何時しようか・・。


 そう思ったときだ。


 「あああああああ!!!! ど、どうしよう!」


 思わず雄叫びを上げた。

その大声を突然に聞いた周りは、驚いて一斉に視線を拓也へ向けた。

課長も同様だ。

課長は、思わず立ち上がり声をかける。


 「ど、どうした!! 拓也!」

 「あ?」

 「あ! じゃねぇよ!」

 「す、すみません、つい。」


 課長は拓也のそばにきて、周りの者達を見渡す。

周りのものは察したのか、さっと視線を外し自分の仕事に戻る。

それを見届けて課長が、小声で話しかけてきた。


 「おぃ、何があった。」

 「いえ、その、重要な私用を思い出しまして・・。」

 「私用? そんな事かよ、驚かすな。」

 「す、すみません。」


 「なぁ、最近は管理職は厳しい立場なんだよ・・。」

 「は?」

 「部下の鬱病うつびょう・イコール・パワハラ・・。

 あるいは超過残業の押しつけ・イコール・過労死。

 超過残業、これは有るわな。

 ブラック企業である我が社では。」


 その言葉に拓也は声を出さずに突っ込む。

課長、わかってんじゃんブラックって。

で、俺に残業をさせてるって、鬼じゃん。


 「まあ、色々とあるわけよ、俺の立場では。」

 「はぁ・・。」

 「だからさ、会社内では倒れない、叫ばない、愚痴ぐち言わない。

 いいね、拓也。」

 「課長、それってパワハラ。」

 「いや、お前が思わなければいいだけだ。」


 拓也は課長を睨み、そしてニヤリと笑う。


 「そういえば、俺、会社の中の相談室に行ったことないんですよね。」

 「うぐっ!」

 「どうしようかな~、最近、うつっぽいとか相談・」

 「わ、分かった、今度おごってやる!」

 「え、そうですかぁ、なんか済みませんね。」

 「なぁ、これってパワハラにならんのか?」

 「えぇ~、部下が上司にですかぁ?」

 「くそっ! まあいい、じゃあ、頼んだぞ。」

 「はぁ~い、約束、忘れずに。」

 「ちっ! 分かったよ。」


 そういいながら、やられたという顔をしながら笑って席に戻っていく。

 まあ、なんだかんだといいながらいい上司ではある。


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