第25話 長田神社での御神託の実施

 稲荷神社の前で、弥生はこれからすることを拓也に話した。


 「御神託は、赤野田川という川の地脈に結界をはることです。」

 「結界?」

 「ええ、私は、これからその準備を行います。」


 そう弥生は言うと、稲荷神社に向い正座をした。

拓也は一体何をするのか分からず、弥生の斜め後ろで同じように正座をした。


 「あ、あの弥生さん、正座しないとだめ?」


 弥生は拓也に話しかけられ、後ろを振り向いた。

そして、拓也が正座している姿を見てポカンとした。


 「あ、ごめんなさい。拓也さんは正座をする必要はないです。」

 「え、俺はどうすればいい?」

 「えっと・・、適当なところでくつろいでいて下さい。」

 「え? いいの?」

 「はい、私はに念を込めねばなりませんけど、拓也さんは少しお待ち下さい。」

 「え? わかった。 でも、弥生さんはここでしなければならないの?」

 「はい、この神社は菅平からの地脈の上に建ち、エネルギーに満ちています。

それを私の念で閉じ込めたが必要なのです。」

 「あ、そうなんだ、えっと、ここで見ていていい?」

 「ええ、かまいません。」


 そういうと懐から懐紙入れを出した。

そこから取り出したのは、紙を人の形に切り取っただった。

数枚を自分の前に置くと、一度、座礼をして印を結び、なにやら呟いていた。

拓也は無言でそのようすを斜め後ろから見守った。


 体の芯まで冷えそうな中、弥生は一心不乱な姿で作業をしている。

弥生は寒さを感じていないようだ。


 稲荷神社の周りに人の気配はない。

山のなかで、小鳥が突然に一鳴きする。

そしてどこかに飛び去る音がする。

それが止むと物音一つしない。


 そのような静寂のなか、かすかに何か呟く声が聞こえる。

弥生の声だ。

吐息のようにも聞こえる。


 そして突然、印の形を変え、裂帛をあげた。

その声に拓也は飛び上がった。

静寂の中での突然の裂帛は心臓に悪い。

そう拓也は思う。


 弥生は稲荷神社に一礼をした。

そして、の紙を懐紙入れにしまい、立ち上がった。


 「それでは参りましょう。」

 「あ、ああ・・。」


 そういうと弥生は歩き始めた。


 「あ、あの・・どこに。」

 「すみませんが、拓也さんには川に入って頂きたいのです。」

 「へっ! 川に。」

 「はい。私は川岸から霊脈れいみゃくを探りながら拓也さんに位置を指図します。」

 「えっと、それで?」

 「私が良いという位置に、を川底に入れて欲しいのです。」

 「えっと、わかったんだけど・・長靴ながぐつが・・。」

 「これから買いに参りましょう。」

 「え?」

 「そろそろタクシーが来るかと思います。」

 「?」


 そう言って神社の入り口まで戻り、5分もしないうちにタクシーがきた。

拓也は感心するしかなかった。

本当に弥生さんは、先を見通して用意しているんだ。

おそるべし巫女さん、と、内心でつぶやいた。


 そしてタクシーで一度近くのホームセンターに行き長靴と、小さな園芸用のシャベルを買った。

これは弥生さんの職場持ちなので、ちょっと嬉しかったのは言うまでもない。

そして待たせてあったタクシーで向ったのは、先ほどの長田神社の近く、小学校が側にある赤野田川という小さな川だ。

小学校の側でタクシーを降りた。


 川は、堤防が築かれていて、小さな川にしては仰々しい気がするが、氾濫する川なのだろう。

その川に沿って弥生さんは歩き始めた。

先ほどのを、両手に乗せゆっくりと歩く。


 拓也には弥生が何をしているのか理解はできなかった。

ただ、が弥生に何かを語りかけているように見えるだけだった。


 弥生に従って堤防を無言で拓也は歩いた。

風が身を切るように寒い。

それなのに巫女装束の弥生は平気だ。

何度見ても異世界の人間のように思える。


 土手沿いの道は整備が比較的されているので歩き安かった。

水はさほど多くは流れていないが、水深は30cm位だろうか・・。

綺麗な水だ。

歩いていると太陽が水面に反射され眩しい。


 それにしても、この川の水、冷たそうだ。

ここに長靴を履いて入るのか・・。

まあ、水が比較的少なく、水流もあまりないのが救いかと思った。

それにしても、どこまで歩くのだろう・・。


 そう思いながら目の前に見える小高い山を眺めた。

本当に長野市って山が近いな・・と、とりとめの無い事を考える拓也だった。


 弥生はを両手に乗せ、無言で黙々と歩いて行く。

やがて橋にさしかかった。

しかし橋は渡らずに、橋のたもとを横切りさらに土手を歩く。


 拓也は、川から目を離し正面をみた。

すると少し離れた場所に高速道路が二人の行き先を遮るかのように横たわっていた。


 弥生は暫くして立ち止まった。

立ち止まった場所の川を見ると、群生したせりが川を埋め尽くしている。

芹があるということは綺麗な水なのだろう。

それにしても、この一角だけ芹が群生しているのは何故だろう?

芹は川の一角、長さ50m位の範囲だけ、川幅一杯に群生していた。

拓也は、芹の綺麗な色に魅入みいっていた。

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