第590話 萎縮

「今、お前は協力できると言ったな?」

 必死に懇願するエルの元に一人の男が近づいた。

「クロスさん……」

 その相手はクロスだった。

 誰もが口を閉ざす中、クロスは一人エルの元へと近づいていた。

「今、異世界人と人間は協力できると言ったな?争い以外の道もあると言ったな?」

「え、えぇ、言ったわっ。あなたもさっきの戦いを見たでしょ?私達は協力しあえることだって出来るのよっ」

 クロスの問いかけにエルは再び協力出来ることを訴える。

 しかしクロスはエルの発言を聞いて鋭い視線を向ける。

「……甘いな」

 クロスはそっと小さく吐き捨てた。

 その視線はまるで根強い恨みがこもっているからのような、そんな黒い視線だった。

「ど、どうして……?」

 今までクロスは友好的だったからこそ、突然そんなことを言われてエルは戸惑ってしまう。

 クロスの態度からはとても友好的なものを感じず、ましてやこの状況をよくしようという気持ちが感じられなかった。

「どうしたんじゃクロス?何か不満があるのか?」

 そんな態度にリリスまでもが疑問を抱いて訪ねかける。

「不満?あぁ、当たり前だ。俺は貴様等の態度に不満だらけだっ」

「何が不満なのっ?あなた達はそこまでして戦わなきゃいけないの?」

「あぁ、当然だ」

 エルの問いかけにクロスは即答する。

 クロスの答えを聞いて僅かにエル達は動揺するが、しかしクロスはそんなことを気にせずに言葉を紡ぐ。

「俺達は人間達に大量の仲間を殺された。当然人間達は殺したいほど憎い。だから俺達――少なくとも俺は人間を殺すまで戦いは終われない」

 クロスの言葉にエルは息を呑む。

「そ、そんなこと言ってもどうしようもないじゃない!それはあなた達だって一緒でしょ!?むしろ異世界人達の方がより多くの人間達を殺しているはずよ!」

 しかしエルはすかさず反論した。

「知ってる。だからこそ俺達は戦うしかない。お互い恨みを忘れて今更仲良くなど出来ると本気で思っているのかっ?」

「そ、それはっ……」

 クロスの圧にエルが少しおされる。

「貴様らの父親もそうだった。貴様等と同じように人間と共同するなどと、綺麗事ばかり言いおって結局民の手によって殺された。貴様等はそんな父親から何も学んでなかったのか?」

「そ、そんなことないっ……!」

 エルはすぐに言い返すが、しかし大して言い返すことも出来ずに言いよどんでしまう。

「だったら答えてみろ?お互い恨みを抱えた者同士が本当に仲良く出来ると思っているのか?お前は仲間を殺した奴らと仲良くしろと命令するのか?」

「そ、それはっ……」

 クロスの今までにない真剣な眼差しに、エルは萎縮することしかできなかった。

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