第397話 キリッ

「もうっ!安静にしてって言ったでしょっ!」

 地下都市に帰って早々、康生はエルの怒鳴り声を聞くことになった。

「ご、ごめんって……。でもどうしてもザグと戦わないといけなくて……」

 怒鳴り声をあげるも、エルは回復魔法を使って康生を治療する。

 その間に、康生は弁明の意味を込めてエルに事情を説明するが、どうやら納得してもらえなかったようだ。


「全く……」

 傷が完全に回復すると、エルはどこか疲れたような表情に変わる。

「今朝も言ったけどまだ完全に治ったわけじゃないんだからねっ?」

「う、うん……」

 無事に回復が終わったことで、エルの説教が始まってしまう。

 しかし康生の感覚的には、今朝のうちはどこも怪我をしている感じがなかったので大丈夫だと思っていたので、恐らく今朝のままならばまた話半分に聞いていただろう。

 だが実際ザグと戦った際に、体の動きが鈍くなったりした場面が多々あった。

 だからこそエルの忠告はしっかりと聞いておこうと康生は胸に刻むのだった。




「お疲れ康生」

 エルの説教が終わり一休みしていると、時雨さんが話しかけてくる。

 その手には水が入ったコップが入っており、どうやらエルの説教が終わるまで待っていたようだった。

「ありがとうございます時雨さん」

 康生はコップを受け取って一息に飲み干す。

「あまりエルを怒らせるなよ?」

 そんな康生を見て、時雨さんは優しく言う。

「分かってはいるつもりなんですけどね……どうてしも」

 エルの忠告はしっかりと胸に刻んでいるのだが、こうして緊急事態があれば何が何でも動かないと気がすまないのが康生だ。

 だからこそその歯がゆさに少し困惑しているようだった。

「まぁ、エルもきっと分かってるさ。康生が大変なことぐらい」

「そう、だといいんですけどね」

 慰めるように言われ康生の心は少しだけ救われる。

「よし、それじゃあそろそろ飯にしようか。今日は広場で皆が待ってるから楽しみにしておけよ」

「ま、また宴会ですか……」

 時雨さんの言葉を聞いて、毎度広場で繰り広げられる宴会の様子を思いだし、康生は少しばかり苦笑いを浮かべる。


 それでも康生は時雨さんと共に広場へと向かうのだった。




「どうだった?」

 地下都市のさらに下にある下水道の中にあるとある施設。

 その中でうっすらと二人の影が向かい合っていた。

「……結局英雄様に頼ってしまいました」

 片方の影である奈々枝は、表情を曇らせながら言う。

「だろうな。お前は何も出来なかったようだからな」

 そんな奈々枝に反対側に立っているのは上代琉生だ。

「言っただろ?俺達は戦闘では役に立たない。だたからこそ俺達の仕事は戦闘が始まる前に戦闘を終わらせる必要があるんだ」

「はい」

 沈んだ表情を見せていた奈々枝だったが、上代琉生の言葉を聞き、すぐにキリッとした表情を見せるのだった。

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