第196話 本気
「大丈夫か康生?」
「はい、全然平気です」
後ろに下がった康生に翼の女が声をかける。
しかし康生は怪我をしていないので、すぐに戦闘態勢を整える。
「おーおー、言ってくれるじゃねぇか!」
今の攻撃が全然康生に効いていないのを見て、斧の男は楽しそうに笑う。
その姿はまるで、戦うことを楽しがっているように見えた。
「だが次はうまくいかないぜ?」
次の瞬間、斧の男は二つの斧を構えたまま走り出したのだ。
装備やら、武器などの重量を全く思わせないほどにそのスピードは速かった。
「そのぐらいっ!」
しかし康生にとってそのスピードは速いとはいえないものだった。
普段から速さにだけは自信のある康生なので、すぐに足に力を入れ、横に避ける。
横に避けた拍子にすぐさま背後をとって攻撃を仕掛けようと康生は試みる。
「ほぅ、中々やるじゃねぇか」
しかし攻撃をかわされたはずの斧の男は康生の姿をしっかりと目で追い、笑みをこぼした。
「くそっ!」
まるで余裕なその態度に康生は少しの苛立ちを感じながら予定通り背後に周りそのまま拳を打ち込む。
「後ろをとるなんて見え見えなんだよっ!」
しかしその瞬間、康生の体に向かって斧が一直線に向かってくる。
「なっ!」
明らかに不意打ちを狙ったはずだったが、斧の男はもう一方の斧で背後にいる康生に攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ほらほら!どうしたっ!」
間一髪のところで避けた康生だったが、そのせいで相手に隙を見せてしまう。
重量級の相手に、近場で隙を見せてしまうということは絶対にやってはいけないと時雨さんに言われたのを康生は思い出す。
そしてそれが今現実に起こってしまったことにひどく後悔しながら康生は必死に避けることを考える。
「さぁ、さぁ、さぁ!」
康生の予想通り、敵は隙を見せた康生に向かってとにかく斧を振り下ろしてくる。
しかも敵は斧を二つ持っており、速さも普通の剣と同じぐらいあるので避けることですら精一杯だった。
「逃げる才能だけはあるみたいだなっ!」
必死に避けることを見て、斧の男はなおも楽しそうに笑っている。
戦闘に入って決して崩さないその笑みを見て、康生は少しの恐怖を覚える。
「いい加減にしてくださいっ!」
このままだと駄目だと感じた康生は攻撃が止む一瞬のうちで風の力を使い最大加速を行う。
「おっ」
流石にそのスピードには驚いたのか、斧の男は康生に攻撃を続けることは出来なかった。
「はぁ……はぁ……」
一旦斧の男から距離をとった康生だったが、近距離での戦闘に少しの疲れを感じて息を吐く。
「――私が代わろう」
そんな康生の元に翼の女が近づいてくる。
「い、いえ……まだやれます……!」
しかしよっぽど自らの力で終わらせたいのか、康生はそんな翼の女に前に立つ。
「分かっているのか?時間はないんだぞ。今こうしている間にもお嬢様が怪我をしたかもしれないのだぞ」
「分かってます……!」
翼の女に注意をされながら康生は真っ直ぐに五人の敵を見据える。
「もう出し惜しみをしている暇はないですね。分かりました。これからは本気でいきます」
そう言って康生はその手にグローブを構えたのだった。
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