第29話 負けるわけがない

「待って!」

 ドラゴンに向かって走っていく白い鎧の女を止めるようにエルは手をのばす。

 しかしその声は届いていないのか、ドラゴンに向かって走る足は止まることはなかった。

「人間が、それに一人でドラゴンで勝てるわけないじゃない!」

 独り言のようにエルは愚痴をこぼす。

 それは心から白い鎧の女を心配しているようだった。

「…………」

 そんな中康生は呆然とその場に立ち尽くしていた。

 第三者から見るとそう見えるのだが、実のところ康生は必死に頭を回転させていた。

 この状況をどうにかする方法を。

『――落ち着いて下さいご主人様』

 康生の思考を機械の声が抑制する。

「この状況が落ち着いていられるわけ……」

 すぐに言い返そうとした康生だがすぐさまAIの声にかき消される。

『ご主人様は強いです。私はこの十年間ずっと見続けてきました』

「俺は別に……」

 しかし康生はすぐさまAIの言葉を否定する。

 何故ならあのドラゴン相手に怯えている自分がいると分かっており、尚且つ昨日の翼の女のとの戦いで自分の非力さを痛感しているからだ。

『いいえご主人様は強いです』

 だがAIもすぐさま康生の言葉を否定する。

「……悪いけどいくら康生でもあのドラゴンに勝てるのは無理だと私も思う」

 そして二人の会話にエルが入ってきた。

「だってドラゴンは魔物の中でも上位種なんだよ?いくら康生が強くてもドラゴンはそれ以上だよ」

 上位種。言葉からしてドラゴンの強さがひしひしと伝わる。

 そんな言葉を聞き康生はチラリとドラゴンを見る。

「ガァッ!」

 丁度ドラゴンは火の玉を吐いていて、白い鎧の女がそれをすれすれで避けていた。

 どうやら白い鎧の女はひたすら逃げることに徹しているようだ。

 白い鎧の女は常人ではありえないほどの速さで動いている。恐らく光を発する鎧に理由があるのだろう。

 だがそれでもドラゴンの攻撃を回避するのが精一杯だ。

 そんな所に康生が一人行ってもひとたまりもないだろう。

『――ご主人様は十年間の努力を否定するんですか?』

「そんなわけっ!」

 あるわけがない。だって康生は十年間死ぬほど努力を続けてきた。それはなにより康生自身が分かっていることだ。

『だったら勝てるはずです』

 だからAIは話しを続ける。

『昨日は確かにギリギリの戦いでした。ご主人様は突然の戦闘に慣れていない。つまり経験が足りません。でもご主人様は経験が足りないだけで弱いわけじゃない。それこそあのドラゴンなんて倒せるぐらいに強いです。思い出して下さい十年間の努力を。そしてお父様の言葉を』

「父さんの言葉?」

 思わず康生は聞き返す。

『そうです。ご主人様のお父様は言っていました。情報と準備さえあればこの世に乗り越えられないものなんてない。問題はその情報と準備をどうするかが大切なのだ、と』

 まるで父さんそっくりの口調でAIはしゃべる。

 そのおかげで康生はしっかりと思い出す。

『ご主人様の準備はすでに荷物の中に出来ているはずです。それに情報は――エルさんがいるではありませんか?』

「え?」

 突然話しを振られたエルは一瞬だけ固まる。

「た、確かに情報は知ってるけど……」

 だがすぐに返事を返す。

 そしてそれを聞いたAIはまるで康生をじっと見据えるような、そんな雰囲気で言う。

『情報も準備もある。この状況で負けるわけがないのです』

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