第2話 10年ぶりの地上

「えーと。鞄には一通り必要な物は入れたな。昨日も散々確認したんだから忘れ物はないはず」

 なんて言いつつも不安なのでもう一度荷物を全て出して確認する。

 ――タオルにハンカチにティッシュ、それに護身用のナイフに応急処置セットに筆箱、他にも取り扱いを気をつけないといけない薬はちゃんと真空してあるし、工作セットもある。

 何十回目にもなる荷物確認を終え、ようやく緊張が解れてきた。

 なんたって十年間も外に出ていなかったんだ。

 当然、十年も経てば街も変化するだろうし、そもそも俺をしってる人がいることすら怪しい。

 だけどもうそんな弱気なことを言ってはられない。なにせ俺は世界の役に立つ為、つまり生きる価値を得るために今まで頑張ってきたんだ。

 今までの長い道のりを考えると今日という日がどれだけ大切かが分かる。

 だからこそ、入念な準備は必要なのだ。

 だって今日から俺はもう一度外の世界で暮らしていくのだから。

『マスター。モタモタしてないで早く行ってください』

「うっ、うるさい!少しは空気を読め!今丁度感傷にふけっているところだろうが」

『それは失礼マスター、もといヒキニート様』

「ヒキニート言うな!」

 スマホから聞こえるその声は、引き籠もり生活の中で作成したAIである。

 このAIを作った当初は、ただ単に話し相手として作ったつもりだったのだ。しかしその後色々な機能を追加していくうちにAIが賢くなり、今じゃこうして主人である俺を敬わない発言が多々ある。

『それにしてもいつまでもそんな所で立っていては邪魔です。せめて逃げ帰るなり、進むなりしてください』

 それでもこのAIは、ここでの生活の中で一番の支えになってくれたことは違いない。

 今もこうして弱気な俺を奮い立たせてくれる。

『――まぁヒキニート様にとっては前に進んでも先は真っ暗ですけどね』

 ――やっぱりこのAIはただの生意気なAIだった。

「いちいち余計なことを言うな!とりあえず外に出るからお前は黙っていろ!」

『かしこまりました。それでは頑張ってくださいご主人様』

 こういう時だけ素直なのだから憎もうにも憎めなくて困る。

 それでもこいつのおかげで今日まで生きることが出来た。そしてここまで生きてきたのも自らの生きる価値を得るためだ。

 ――今だったらいける。

 だって今の俺は十年前の俺とは違うのだから。

 そうして俺は、地下室の扉を開けるのであった。

 ドサッ。

(ん?何か引っかかってる?)

 扉を押すも何かに引っかかっているのか扉は少ししか開かなかった。

(こんなんじゃ後先思いやられるな……)

 そう思いつつも俺は少し力を込めて、半ば強引に扉を開ける。

 その際にボキボキとなにやら音が聞こえたが、そんなことはお構いなしに扉を開ける。

 きっと早く今の自分を誰かに見てもらいたいのだろう。

 自分は変わったのだと。生きる価値がある人間になったのだと。

 そうして無理矢理こじ開けた扉の先には、


 ――まるで地平線が見えるかのように広く広がった景色があった。

 扉の先にあったはずの家はもう跡形も残っておらず、それどころかここから見える全ての範囲には建物の残骸らしきものが広がっていた。


「――これは一体どういう事だ」


 十年ぶりに外に出ると、何故か世界が滅んでいた。


「キャーーー!」

 十年ぶりの地上の景色に呆然としていると、どこからか悲鳴が聞こえてきた。

「――AI」

『はい。なんでしょうか?』

「悲鳴が聞こえた方向を教えてくれ」

 勿論今の頭の中は混乱の渦にある。それでも悲鳴が聞こえた以上は、生きる価値を認めてもらうという目的があるのだから助けに行かないわけにはいかない。

 なにより考えるより先に体が動いているのだから。

『場所はすぐ近くです。複数の足音が聞こえてくることから、少なくとも十人以上の人に少女が追いかけられているようです』

「よし、すぐ案内してくれ!」

『かしこまりましたご主人様』

 そうして本当に訳の分からぬまま康生は走り出す。

 それにAIも分かっていた。ひとまず人に合うことにより情報収集が必要であることに。

 そんな様々な思いの元、悲鳴を発している少女の元へと荒野を駆けた。

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