記憶を踏みつけて愛に近づく

水瀬 由良

記憶を踏みつけて愛に近づく

 あいつを意識しだしたのは、いつの頃からだろうか。


 俺の最初の記憶は、城でのことだ。それがいつのことかはもう忘れた。


 俺もあいつも王や上級貴族ではない。下級貴族、平民といったその他もろもろの一人だ。その時は、あいつの名前を知ったぐらいで、そのくらいのやつなら、他にも大勢いた。

 

 それはずいぶん前の記憶で、俺も若かったというよりも幼かった。仲が悪かったわけでもないが、仲がよかったわけでもない。

 会えば、あいさつぐらいはする。よくて、知り合い程度の仲だった。城にいる中で少しは仲良くなったと思った。この辺だろうな、意識しだしたのは。まぁ、そういうものだろう。人間関係って。ただ、あいつがこっちを意識してくれていたかは分からない。


 城の中に大勢いる知り合いぐらいのものだったかもしれない。


 強く意識したのは、あいつが遠くに行ってからだ。

 遠くに行ってから、意識しだすなんて、俺も分かってなかったなと思ったが、後の祭りで、それからは会う機会はめっきり減った。もしかしたら、あいつは今、俺が当時あいつと同じ城にいたことなんて忘れているかもしれない。


 あいつが遠くに行ってから、3年と少しほど経つ。

 それから会ったのは確か3回。


 城内で会うこともあれば、屋外で会うこともあった。そんなに長い時間会ってもいられなかった。

 俺もあいつも忙しい身。

 仕事があれば、すぐに別れないといけなかった。言葉も少なかった。もっと話していたかったのに。


 しかし、こんなに会った記憶も少ないのに、会っていない時がひどく辛い。3回目、2ヶ月前に会ってから、もっとひどくなった。


 寝ても覚めても考えるのはあいつのことばかり。

 会いに行きたかったが、それは止められた。俺も少しばかり偉くなったためか、容易に会いに行けるような体ではなかった。

 

 しかし、今日はあいつから会いに来てくれるという。

 幸せを感じる。

 俺は待つだけでいい。この部屋で待つだけであいつが飛び込んでくる。待ち焦がれたあいつが来てくれる。


 ……


 俺の部屋の扉が、勢いよく開けられる。


 そんなに、息を切らせて走ってきて、そんなに俺に会いたかったのかい?

 別に俺はモテる方ではないが、全くモテないわけではない。何人かには言い寄られることもあった。

 それでも、嬉しいな。

 会いに来てくれる相手が違うだけで、こんなに高揚するのか。

 

 俺は笑みを浮かべる。

 

「会いに来てくれて、本当に嬉しいよ」


 俺は座ったまま言った。



 そして……



 あいつは……




 叫ぶ。





「闇将軍ダーク! 追い詰めたぞ!」


 全くなっちゃいない。

 こうした時は一対一で会うってのが筋だろう?

 それが、何人も連れて、この大広間に突っ込んでくるんだから。おそらく、この大広間に続く廊下には俺の部下の死体が転がっていることだろう。

 あいつの格好は、義勇軍を表す青の鉢巻きに、簡素な胸当てか。表情もよく見える。

 

 俺の表情はあいつには見えているのだろうか。

 こんなに待ち焦がれ、会った瞬間には笑みを浮かべてしまう。この俺の表情はあいつには見えているのだろうか。

 そんなことは期待するだけ無駄かもしれない。

 俺は、全身漆黒の鎧に身を包み、顔も鎧でおおわれている。

 剣を握りしめたあいつに俺は立ち上がり、言った。

 

「……そんなに焦るなよ。カーティス。少し、話でもしようじゃないか……クラーク、ケビン、リリア、マーカス……」


 俺は名前を挙げる。


「なんだ? なにを言っている」


 ……悲しいな。


「気づかないか? お前が殺してきた俺の、いや、の同期入団の兵士だよ。お前が帝国を裏切り、義勇軍に参加して、殺してきた兵士の名前だ」


 目の前のカーティスの顔がわずかにゆがむ。


「カーティス? 誰のことを言っているの? あなたが話しかけているのは、ライネルじゃないの?」


 女の声がした。

 全く、俺とあいつとの話にノイズを入れるなよ。そういえば、カーティスの今の名前はライネルだったか?


「『英雄ライネル』……誰が着けた名前だ? それとも自分で名乗ったか? カーティス。昔の仲間を捨てて、昔の名前を捨てて、ついでに昔の記憶まで捨てたか?」


 カーティスが俺から視線を逸らす。


「ライネルの過去なんてどうでもいいわ。これ以上の帝国の圧政は許されない。ライネルも同じ気持ちよ! だからこそ、義勇軍に参加した。今や義勇軍の希望と言っていいわ!」


 また、女の声。


「カーティス、昔の話が嫌なら、お前が義勇軍に入ってからの話でもしようか。アデレー、ルレア、ラルン、サノーレ……どうだ? これは覚えているだろう? 誇らしげにお前が解放を宣言した町だ」


カーティスは答えない。


「それがどうしたっていうの!」


「解放って言葉の意味が俺にはよく分からないが、お前の定義では『町を守っている兵士を殺して、町の領主を一族全員惨殺すること』を言うみたいだな」


俺にはもう笑いしか出てこない。


「お前は町を『解放』してきた。俺の故郷アデレーも含めてな。お前は嬉々として殺戮を楽しんだんだろう? その中には俺の幼馴染みで兵士のマーカスや領主の娘オーレリアもいたと思うが」


「お前……まさか、ザカリア?」


やっと名前を呼んでくれた。


「そうさ。記憶に残しておいてくれて嬉しいよ。知っているだろう? ダークは闇将軍につけられる通り名にすぎない」


「……ザカリア、もう帝国の命運は尽きている。大人しくしてくれ」


「『大人しく』? それは首を括られろという意味か? さすがは英雄。殺すって言葉の種類が多い。一人殺せば殺人者。百人殺せば英雄ってのは誰が言ったんだろうな。カーティス、お前は確かに『英雄』だよ」


 俺は高らかに笑った。


「……ライネルを、馬鹿に、するなぁぁぁ!!!」


 急に俺に迫ってくるゴミが見える。何か剣を持っている。そういえば、このゴミ、さっきからのノイズと同じ声だ……


「やめろっ!」


 カーティスが叫ぶ。


 それがゴミに向けられていたのか、俺に向けられていたのかは分からない。

 俺はためらいなく漆黒の大剣を振った。


 瞬間、ゴミが両断され、床が汚れた。俺にも何か、かかったか? しかし、この漆黒の鎧には何がかかっても分からないだろう。


「「「リース!!!」」」


 カーティスの声と周囲の音が交差する。

 カーティスと俺との会話を邪魔するからだ。ゴミを処理したぐらいで騒がないでもらいたい。


 こっちは大事な話をしてるんだ。


「……みんな、見た通りだ、あいつは俺がやらないといけない。あいつの腕は俺と互角以上だ」


「ライネル! リースはあなたの……」


 カーティスの横のやつが何か言うが、カーティスは意に介さない。

 ……カーティスがこちらに意識を向けてくれる。そんな目で俺を見ないでくれよ。そんな目をされると……ああ、これ以上の幸せがあるだろうか。


「帝国を裏切ったお前が、幼馴染みを斬ったお前が、俺の主君を殺したお前が、憎くて憎くて仕方ないのに。お前に関する全ての記憶が苦しいのに。寝ても、覚めても、お前のことばかりで、お前のことを考えるのが、もう快楽でしかないんだ。この気持ち、なんと、言えばいい? 俺はお前なしでは生きられない。お前の存在は俺の存在意義そのものだ。こんな気持ちになったのはオーレリア様以来だ」


「……そうか、今、俺にあるのは、お前を斬って、この町を闇将軍ダークから『解放』することだけだ」


 足りないな……町のことなんて考えるなよ。

 俺のことだけ考えてくれよ。

 俺はお前のことだけ考えてるんだからさ。周りのやつらの手前、そう言っているのか? じゃあ、もう一人ぐらい……

 もう一度、大剣を振るう。遠くにいるものでも切り裂くことのできる衝撃波。

 俺がオーレリア様を亡くしてからつけた力だ。カーティスの横のやつの肩から腰にかけ、一直線に赤い線が走り、そこから赤い水が吹き出る。


「早く来い、カーティス。もっと近くに来てくれないと、お前以外が邪魔で仕方がない」


「ザカリアぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!! 貴様ぁ!!!!」


 カーティスが一息に間合いを詰めてきてくれる。

 白刃が俺を襲う。


「お前はもう生きていてはいけない存在だ! その狂った身に憎しみと痛みをもったまま、死んで償え!」


 カーティスが憎しみを込めた瞳で俺を見て、全身全霊で剣を叩きこんでくる。

 一撃一撃が重く、鋭い。

 

 この瞬間、瞬間があまりに愛おしい。カーティスも俺と同じ気持ちを俺にもってくれているのか。なんて愉快なんだ。

 町がどうなろうと、帝国がどうなろうと、自分がどうなろうと、もうどうでもいい。腹の底からよろこびが湧き上がってくる。


 さて、カーティス、仮に、俺はお前を殺したら、そのまま俺も死ぬだろう。お前がいなくなったら、俺の存在意義も消える。

 お前は俺を殺したらどうする? 英雄とよばれ、満足か? 『リース』とやらを失ったというのに?


 ……今はそんなことはどうでいいか。

 この殺し合いが永遠とも思える瞬間なのだから。

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