第8回ネット小説大賞受賞記念SS

《前書き》

※本エピソードは本編とは一切関係ありません。

※メタ要素を含むので苦手な方は飛ばしてください。

※本文下にある後書きまで良ければ読んでください。



《SS》

【〇月×日△時、下記の地図に記された場所まで来るように】


 簡潔に一文だけが書かれた手元の招待状をもう一度確認し、朝陽は見知らぬビルの一室で立ち止まった。


「ここで合ってるよな……」


 コンコン、とノックをして、おそるおそる扉を開ける。

 すると驚くことに、室内には見知った顔が集まっていた。


「千昭に日菜美……冬華もいるのか」

「どうやらみんな、あの人に呼ばれたようですね」

「そうなんだよ! 急に手紙が来てさ、私たちデートの予定だったのに!」

「まあまあ、落ち着けってヒナ。休日に強制招集だろ? 絶対に何かあるぜ」

 

 困り顔で微笑む冬華、頬を膨らませる日菜美、何かを期待する千昭。

 それぞれが三者三様の反応を見せる中、朝陽も小さくため息を吐く。


「あの人っていつもいきなりだよなー」

「そうそう、迷惑しちゃうよね!」

「前にお呼ばれした時も突然でしたよね……」

「俺らを題材に小説を書いてるんだっけ? 今日は何の……」


 ふいに言葉が途切れ、三人が注目する。

 一方の朝陽はある一点に視線を注いだ。


「……後ろ、動いてね?」


 ビクッ、と素早い反応を見せた冬華に続き、バカップルも後ろを振り返る。

 朝陽が指差した先には広々とした部屋を横断する布製の壁――赤一色で染まった横断幕が、ゆっくりと真ん中から左右に割れた。

 そして、その先の光景が明らかになる。


 ~祝『氷の令嬢の溶かし方』第8回ネット小説大賞受賞~


 紅白の薔薇で装飾された横長のボードに刻まれた文字。

 その一文を声を合わせて四人は読み上げ、顔を見合わせた。


「『氷の令嬢の溶かし方』って……あの人が書いてる小説だよね?」

「第8回ネット小説大賞は、あの人が応募中のコンテストだな」

「祝、受賞は恐らく文字通りですよね」

「ということは……」


 ゴクリ、と息を呑んで朝陽が言葉を続けようとする。

 しかし、それよりも先に控えめな電子音が鳴った。


「……あの人からメールだ」


 どうやら他の三人には届いていないらしい。

 自然と一つの画面を全員で共有することになる。


「『氷の令嬢の溶かし方』の書籍化が決まりました。君たちの物語が一冊の本となって読者様のもとへと届きます……だって」


 今度は朝陽一人が文を読み上げる。

 そして、もう一度四人は顔を見合わせた。


「凄くないこれ!?」

「ああ、めちゃくちゃ凄え!」


 バカ騒ぎするバカップルをよそ目に、冬華は静かに拍手で称える。


「おめでたいですね」

「おめでたい……のか」

「それはそうでしょう。書籍化はあの人の夢だと言っていましたし」

「そうなんだけどさ……」


 どこか歯切れの悪い朝陽を冬華は不思議そうに覗き込む。

 

「何か気がかりでも?」

「ほら、この作品って俺視点の話だからさ……」

「……あっ」


 最後まで言わずとも、頭脳明晰な冬華には伝わったらしい。


「朝陽くんの心情、バレバレってことですね」

「まあ……そういうこと」


 本当は、冬華の様々な一面がバレバレなことを危惧したのだが、当の本人は意図を食い違えて理解したようだ。


「発売日がとても楽しみです」

 

 そう言って笑う冬華は、とても幸せそうな顔をしていた。


「朝陽、何か他に情報は!」

「さっきのメール、まだ下に続いてたよ!」


 千昭と日菜美に促され、朝陽は再び携帯へと目を向ける。

 画面を下にスクロールすると、そこには簡単な指示が書いてあった。


「これから先、現在公開可能な情報をメールにて送る。一人一人、自分宛てのメールを読み上げるように」


 ご丁寧なことに、名前を言ってはいけないあの人はドキドキワクワク感を味わえる仕様を用意していたらしい。

 指示通り、四人それぞれに新規メールが届き、朝陽から順に発表が始まった。


「一巻収録エピソードはクリスマスまでらしい」


 続いて、冬華が口を開く。


「追加エピソード、書き下ろしもあるようです」


 今度は千昭がニヤニヤと話す。


「あの場面やあの瞬間が口絵、挿絵になるってさ」


 最後に、日菜美が満面の笑みで締めくくった。


「私たち全員のイラストが収録されるって!」


 やったーと元気よくハイタッチするバカップル。

 冬華も嬉しそうに微笑み、朝陽も小さく笑う。


 どうやら、この場には一巻に出番がある人物が呼ばれたらしい。


「……あれ」

「どうかしました?」

「いや、大したことじゃないんだけど……一巻がクリスマスまでなら、この四人以外も登場するなって」


 朝陽の頭の中に、満面の笑みを浮かべる男の姿と全く表情が読めない女の姿が浮かぶ。

 冬華も同じ人物を思い浮かべたのだろう。もしかして、と二人で周りを見渡し始める。


「……来るわけないか」

「来たわ」

「あの人たち、普通に店忙しいし……ってマジか」

 

 ギギギギ、と扉が開く音がして目を向けると、真顔を貫く母親の姿があった。


「どうやら、私のイラストも描いてもらえるようね」


 千昭と日菜美、それから冬華と挨拶を交わした後、透子が携帯を差し出す。

 そこには同じ差出人からのメールが表示されていた。


「あの、透子さん」

「何かしら?」

「その……和明さんは?」

「もちろんいるぞ!」


 バァーン、と今度は勢いよく扉が開く。


「受賞、書籍化、祝いの席。この俺が出席しないでか!」


 そう言って、作業着姿の和明は携帯を取り出す。


「今さっき、俺にも追加のメールが来てな……どれどれ」

 

 一々声が大きい父親に、朝陽は軽く距離を取った。

 どうせ、この後はより一層うるさくなるに決まっているのだ。

 何も、和明だけの話ではない。

 

 受賞に書籍化、追加エピソードに書き下ろし、口絵に挿絵に表紙イラスト。


 この場にいる誰もがテンションが上がっている。


「……火神和明のイラストはなし」


 えっ、と全員から小さく声が漏れた。


「何で俺だけ省かれてんの!?」

「出番が少ないからじゃない?」

「そういう問題!?」


 がっくりと肩を落とす和明とその肩を優しく叩く透子。


「そもそもあなた、出番あったかしら」

「あるよ!? イブの日にレストランで……ちょっ、カットしてないよね!? ちゃんと出番あるよね!?」


 そんな馬鹿なと叫ぶ和明。

 その様子を見て賑やかな笑いが起こる。


 ~祝『氷の令嬢の溶かし方』第8回ネット小説大賞受賞~


 ふと目を向けると、赤と白で彩られた文字がキラリと光った気がした。



《後書き》

この度、『氷の令嬢の溶かし方』の第8回ネット小説大賞受賞が決まりました。


連載開始から約半年、ようやく書籍化という一つの夢が叶い、大変嬉しく思います。

そして、ここまで本作を応援してくださった読者様、本当にありがとうございます。

飽き症の私が今日まで連載を続けられたのも、偏に読者様の応援のお陰です。


web版、書籍版共々、これからも本作と高峰 翔を応援よろしくお願いします。

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