第66話 初デート?
ホワイトデーの後日、終業式と卒業式を終え、約二週間の春休みが始まった。
冷たく厳しい冬は過ぎ去り、心地の良い風が肌を撫でる。
降り注ぐ日差しは暖かく、春の訪れを感じさせた。
そうして、冬華と予定を合わせて決めた日はあっという間にやって来た。
今日までずっとそわそわしていたのに、いざ当日となっても朝陽の心は落ち着く様子がない。
約束の時間まで、あと十分。
待ち合わせ場所の駅に着いた朝陽は小さく深呼吸をする。
「変じゃないよな……」
ワックスで軽く流した髪に、パーツの整った凛々しい顔。
長身とは言えないが、平均を軽く超える身長。
駅中のショーウィンドウを鏡代わりに全身を見れば、そこそこ見栄えが良い男の姿が映る。
普段よりも気合を入れて身嗜みを整えたし、洋服はこの日のために新調した。
一緒に洋服店を回ったオシャレ男、千昭のお墨付きなので大丈夫だと思うが、やはり気になるものは気になる。
何せ、冬華と二人で遊びに行くのはこれが初めてだ。
正確には、クリスマスイブを含めて二回目だが、あの時とは状況が大きく異なる。
例えば、服装が自由で無数の選択肢があったり、目的地が完全に私用で娯楽地だったり。そして、一番の違いは冬華に対して抱く気持ち。すなわち、恋心の存在。
時計の針が進むにつれ、胸の鼓動も一定のリズムを刻む。
いつしかそのセッションに、パタパタと可愛らしい足音も加わった。
「お待たせしました」
「大丈夫、俺も今来たところだから」
「それならよかったです」
約束の時間ぴったりに表れた冬華はもちろん、朝陽と同じく私服を着ていた。
小花柄のワンピースに、水色のカーディガン。
露出は少なく、清楚なイメージを与えるコーデは春にぴったりで、爽やかな印象は水族館という場所にもマッチしている。
そして何より、冬華自身によく似合っていた。
「……私の顔に何かついていますか?」
「そのセリフ、久々に聞いたな」
「だって、朝陽くんがこっちを見つめるから……」
ついつい見入ってしまったせいで、冬華が少し不安気な顔で覗き込んで来る。
同時に、何かに期待しているような。そんな表情にも見える。
少し前なら、こういう時は適当に誤魔化していたが。
今の朝陽は、そして今日という日は違った。
「……から」
「えっ……?」
「二回目は恥ずかしいんだけど」
「も、もう一回お願いします!」
「……次はもう言わないからな」
そう前置きして、朝陽は言葉を紡ぐ。
「私服が可愛いかったから。それで、見てた」
最後は平常通り、ぶっきらぼうな感じになった。
ただ、今度はちゃんと伝わったはずだ。
「好き」はまだ言えなくても、「可愛い」なら。
小さな小さな好意を、朝陽は言葉として形にする。
「……ありがとうございます」
少し間を空けて呟いた冬華は、ほんのりと頬を赤く染めた。
服だけではなく、本人も可愛いのだからどうしようもない。
朝陽の心臓がまた一つ、スピードを上げて――
「朝陽くんもいつもより、カッコいいです」
いつもより、ということは普段もカッコいいと思ってくれているのだろうか。
とにかく、今は忙しく脈打つ鼓動を落ち着かせるのに精いっぱいだ。
「こんなやり取り、クリスマスイブにもしたよな」
「そうですね……」
自然と二人、目的地に向かって歩を進める。
この流れもイブと似ていた。
そして、一度は否定した考えもまた蘇る。
これは断じて恋人同士のデートではない。
ただ、どうしてもその言葉を意識してしまう。
「そういえば、どうして待ち合わせがここだったんだ?」
照れくさい空気と妄想を振り払い、朝陽は聞きたい事ついでに話を変えた。
二人は同じマンション、それも隣部屋に住んでいるため、待ち合わせは玄関の扉を開けた先で済む。
それなのに、冬華が提示した待ち合わせ場所は水族館の最寄り駅だった。
お陰で心の準備に時間をかけれたが、どうも気になってしまう点ではある。
「それは……最近読んだ小説に影響を受けて……」
「多分それ、恋愛小説だよな」
「その通りです」
冬華が小さく頷く。
そして、暫く口を噤んだ後に。
「……こういうの、デートみたいでいいなって」
「……え?」
「あ、憧れみたいなものです! 決して他意があるわけじゃ……なくもないんですけど……」
最後の方は聞き取りづらかったが、どうやら冬華も少しは意識してくれているらしい。
それが、朝陽のような片想いとは違い、フィクションへの憧れだとしても。
思春期の男子からすれば、十分過ぎるほど嬉しかった。
(……初デートって考えるのは馬鹿らしいな)
外面はあくまで平静を保ち、内面もどうにか落ち着かせる。
冬華に対する恋心だけが、優しく吹き込む春風のように、静かに騒めいていた。
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