第64話 春よ、恋

 

 期末テストを終え、採点期間を経て、今日は答案返却日。残すは終業式及び卒業式のみとなった。

 つまりそれは、一年間の教育課程を終えるということで。

 あと数日もすれば約二週間の春休みが始まる。


「なんか、あっという間だったなー」

「高校一年生なんてそんなもんだろ」

「相変わらずドライなもんで」

「別に何も思わないわけじゃない」


 ふと周りを見渡せば、放課後の教室はいつもより賑やかで、クラスメイトが多く集まっている。


 この教室にこのメンバーで集まるのが最後かと思うと、もちろん少しは寂しくなる。

 ただ、何も今生の別れというわけではない。

 少なくともあと二年、学校に通っていれば嫌でも顔を合わせるのだ。

 そこまで感傷に浸る意味も理由もないだろう。


「で、テストはどうだったんだ」

「それ聞いちゃう?」

「当たり前だろ。教えた以上、気になるに決まってる」

「えー、どうしようっかなー」


 プライベートな事だしー、と勿体ぶる千昭から問答無用でテスト結果を奪い取ると、そこには高得点が――とは流石にならなかったが、赤点を示す文字は見られず、総じて平均の前後で収まっていた。


「どや?」

「言っとくけど、当然のことだからな?」

「朝陽、正論は時に人を傷つけるんだよ……」

「何だそれ。まあ、千昭としては頑張ったんじゃねーの」

「ですよね!」

「お前は情緒不安定か」


 何はともあれ、千昭が赤点により補習コースになる展開はなくなった。

 日菜美に関しては、元々が中の下くらいの成績なので赤点を取る心配はないし、朝陽と冬華は上から数えた方が早い。

 冬華に関しては一年の間、一位の座に君臨し続けたらしい。

 そして朝陽も安定して高得点、高順位を取れるようになった。

 

 これで、勉強会に参加したメンバー全員が心置きなく春休みを迎えられることになる。


「春休み、また四人で遊びに行くか」

「おお、朝陽が珍しいこと言ってる」

「俺が遊びの提案しちゃ悪いか」

「いや全然、大賛成って感じ。でもその前にだな……」


 前置きをした千昭が、財布から何かを取り出す。

 どこかで見たような形状のそれは、日菜美から貰った遊園地のチケットによく似ていた。


「ここに水族館のチケットがあります」

「確かにあるな。四人で行こうってことか?」

「悪いな朝陽。このチケットは二人分なんだ」

「じゃあ何で見せたんだよ」


 どういうことだ、と問い質す前に千昭がチケットを押し付けて来る。


「プレゼントフォーユー」

「随分と急だなおい」

「そうでもないぞ。一年間勉強教えてくれたお礼だから」

「ああ、そういう……別に気にしなくていいのに」

「まあまあ、受け取ってくれや」


 お礼というのだから、素直に受け取るが。

 若干ニヤついているのが朝陽は少し気になった。


 そして、流石に朝陽も一つの答えに辿り着く。

 千昭が描いた一本道の回答に。


「……誘えと?」

「そういうこと」

「変な気を回すなよ」

「背中を押すくらいならいいだろ」


 ニヤリ、と千昭が笑みを浮かべる。

 その笑顔は純粋に応援の気持ちが含まれているように感じられた。


「ちーくん、帰ろ―!」

「おう、今行く」

「あっ、朝陽ー! 勉強教えてくれてありがとうね!」

「はいはい、どういたしまして」

「何か適当じゃない!?」

「会う度に言われたらそりゃねえ」


 ちょっと不満げな日菜美はいつものように教室に入ってこようとしない。

 恐らく、プチお別れムードのクラスに気を使っているのだろう


「もたもたしてると、ライバルが追ってくるから頑張れよ」


 そんな意味深な言葉を残して、千昭は日菜美のもとへと歩いて行った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る