第21話 球技大会
「くっ……あの時、朝陽の必殺技"顔面ブロック"が発動してさえいれば……」
「無茶言うな。あのシュートを顔に食らったら間違いなく鼻血じゃ済まないだろ」
雲一つない青空に、秋とは思えないほど暖かな気候。
まさに絶好のスポーツ日和で迎えた球技大会当日、朝陽と千昭の出番は早々に終わっていた。
午前はサッカーとバレー、午後はソフトボールとバスケという日程で行われる球技大会はトーナメント制で、一度負けたクラスはお役御免となる。
非常に残酷なルールだが、三学年全生徒が参加するイベントとなると総当たりや負け同士の対戦などをやっている時間が無い。
その為、一つでも多くの試合を楽しみたい場合は対戦相手の抽選が大切になってくるのだが――
「まさか、一回戦から山田が率いるクラスと当たるとは運が悪い」
「まあ、結果はウノゼロだし、素人の集まりなりには頑張った方だろ」
「確かにそうだな……って、よくそんな言葉知ってるな。もしかして朝陽もサッカーに目覚めた?」
「いや、お前が時々ゲーム中に言ってるから覚えただけ」
イタリア語で一対ゼロで試合を終えることをウノゼロというらしい。
そんなどうでもいい知識に会話が引っ張られてしまう程、球技大会はあっさりと味気のないまま終わった。
不完全燃焼どころか燃え上がる機会すらなかった為、悔しいといった感情すら沸いてこない。
何か思うところがあるとすれば、一回戦敗退の影響であまりまくってしまった暇な時間をどう潰そうかといった事だろう。
勝ち残っているらしい女子のバレーを見に行く手もあるが、どうも身体に力が入らない。
それは密かにMVPの座を狙っていた千昭も同じのようで、人工芝のグラウンドに寝転がり、青空の下でのんびりと日向ぼっこをするに至った。
「そういや、お前何かあった?」
「……何かって何だよ」
「うーん、上手く言えないけど、ぼーっとしてるっていうかさ。試合中もどこか集中力欠けてたし」
暇がすぎるのか、人工芝をむしり始めた千昭から何気なく鋭い指摘が飛んできて、朝陽は思わず頬が引き攣りかけた。
千昭の言う通り、今日は何事にも集中できていない。
その原因は今朝の冬華とのやり取りにあるので、馬鹿正直に全てを話せるはずがなく、朝陽は真顔を貫いてかぶりを振った。
「気のせいだろ。俺はいつも通りだぞ」
「まあ、確かに朝陽は普段からこんな感じだけど……」
さりげなく貶された気もするが、どうにか白を切るため甘んじて受け入れる。
千昭はこういう些細な変化に気づくところがあるので何かと厄介だ。
今も、何を探っているのか、じっと一挙一動を見つめてくるので気が抜けない。
冬華が隣に住んでいる事を始め、千昭は何も知らないはずなのに、このままだと何かしらを勘付かれそうな勢いがあった。
「いたー! ちーくんと朝陽、ついに発見!」
頼むから他の事に興味が移ってくれ、と願ったタイミングで、示し合わせたかのように体育館の方から元気いっぱいな声と軽快な足音が耳に届く。
思わぬ救世主の存在に視線を向ければ、そこには見慣れた天真爛漫な少女の姿があった。
「おー、ヒナじゃん。バレーの応援はどうした?」
「今終わったんだよー。残念ながら、私のクラスは準決勝敗退。だから、早めのお昼ご飯にしようと思って」
「いいね、丁度俺らも暇してたところ。なあ、朝陽」
「そうだな、暇すぎて死にそうだった」
「そこまで? まあ、一回戦負けだったら仕方ないかー」
ありがたいことに、日菜美が来たことによって千昭の意識は完全に彼女へと逸れてくれた。
話題は僅差で敗れた一回戦の話に変わり、試合を観戦しに来ていた日菜美を中心として会話に華が咲く。
そのほとんどが、山田に負けず劣らず活躍していた千昭への誉め言葉だったが、この際文句は言わない。
(まさか相葉に感謝する日が来るとはな……)
いつもは振り回されてばかりで精神的に疲労が溜まる天敵も、この時ばかりは羽の生えた天使に思え、朝陽は心の中で軽く頭を下げて感謝の気持ちを送った。
「……これ、本当にヒナが作ったのか?」
「もちろん! 五時起きで気合入れて頑張ったんだから!」
まだ人が少ない教室で、えっへんを胸を張る少女が一人。そして、目の前に広がる豪勢なお弁当に唖然としている少年が二人。
日菜美が千昭のためにお弁当を作ってくるという話は聞いていたが、まさかここまでのクオリティに仕上げてくるとは夢にも思わなかった。
だし巻き卵に唐揚げ、ミニハンバーグに切り干し大根と千昭の好物ばかりが並ぶおかずは全て日菜美の手作りらしい。
冷凍食品なら手っ取り早いが、手作りとなるとかなりの手間と時間が掛かる。
更には白米の上に乗せられた海苔がLOVEの文字をあしらっているというバカップル仕様。
総じてまさしく愛のなせる業と言えるだろう。
もうすぐ終わるからと決勝戦を見届けた結果、優勝を勝ち取った山田の人気ぶりに機嫌が悪くなっていた千昭の表情も一変して晴れやかなものになっている。
「ほら、早く食べないと冷めちゃよ? はいっ、あーん」
「あーん……うおっ、めちゃくちゃ美味しいじゃんこれ。普通に店に出せるレベルだろ」
「もー、ちーくんは褒め上手なんだからー!」
毎度のことながら、一体何を見せられているんだといった感じだが、二人がいつにも増して幸せそうなのでそっとしておく。
こういう時、無性に無言でフェードアウトしたくなるのだが、他でもない千昭と日菜美がそれをさせてくれない。
「朝陽シェフも是非食べてみてよ」
「そうだな、きっと朝陽シェフも舌鼓を打つぜ」
「その呼び方を定着させるな……」
身内に本物のシェフがいるため荷が重いあだ名に辟易しつつ、朝陽は促されるままにミニハンバーグに手を伸ばす。
「……美味い」
「やったー! シェフのお墨付きだ!」
「凄いな、ヒナ。朝陽は滅多に美味いなんて言わないんだぜ。俺がチャーハン作った時なんて……」
「あれはお前が失敗しただけだろ。美味しかったら普通に美味しいって言うわ」
美味しいものに美味しいというのは当たり前というか、作り手への最低限の感謝の気持ちだと朝陽は思っている。
もちろん、千昭のように絶望的な失敗作を前にした時は正直に不味いというが、基本的には無駄に厳しい評価をせず、素直な一言を口にするようにしている。
今も、大袈裟にガッツポーズをして喜んでいる日菜美の姿を見れば、たった三、四文字の言葉が作り手にとってどれほど嬉しいか目に見えて分かるだろう。
その気持ちは朝陽も十分に理解できるので、朝陽は食べ終わってからもう一度「美味しかった」と呟いておいた。
(あいつも今頃昼飯食べてるかな……)
周りを見渡せば、もう既にほとんどのクラスメイトが教室に集まっている。
他クラスも同じような状況のはずなので、朝陽が用意したもう一つのお弁当箱の蓋が開いていてもおかしくはない。
「あれ、朝陽の弁当も今日は何か豪華じゃね」
「本当だ、ちょっと気合入ってる気がする。もしかして、私に対抗したの!?」
「ちげーよ。ただ、少し早く起きて興が乗っただけ」
「あー、なるほど。それで今日はぼんやりとしてたわけか。寝不足だな、こりゃ完全に」
「……ああ、多分そうだな。言われてみればちょっと眠いわ」
勝手に勘ぐって、勝手に勘違いしてくれた千昭に適当に相槌を返して、朝陽は自分の弁当を改めて見つめた。
豪華とは言われたが、日菜美が作って来たお弁当と比べると見た目はかなり劣る。
味の方も、手作りの卵焼きはまだしも、冷凍食品では流石に敵わないだろう。
(もう少し気合入れた方が良かったか)
日菜美のような愛の力を持ち合わせていないので仕方の無いことだが、今頃になって少しの後悔の念が浮かぶ。
願わくば、同じ内容の弁当を前にした少女が"美味しい"と思ってくれることを期待して、朝陽は自信作の卵焼きを口に運んだ。
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