第19話 MVPの伝説


「なあ、朝陽。ヒナがお前の家に行きたいって言ってるんだけど別にいいよな?」

「絶対に嫌だ」


 藪から棒な提案を間髪入れずに断れば、千昭から不満気な声が漏れる。

 その隣には日菜美の姿もあり、こちらも分かりやすく頬を膨らませて抗議の意を示していた。

 

 最近の昼休みは千昭と日菜美の二人に囲まれることがやたらと多い。

 朝陽の交友関係の狭さを考えれば珍しい光景では無いものの、それにしてもほぼ毎日というのは初めてだ。

 その度に何かと嫌な予感がするのだが、今日もまた例に漏れず面倒くさいことが始まりそうだった。


「そんなに即答しなくてもいいじゃんかー! 私、朝陽の家に行きたいだけだよ?」

「そうだそうだ。俺がいいんだから、ヒナが付いて来ても構わないだろ」

「……それが嫌なんだよ。お前らが揃うとイチャイチャし始めるに決まってる」

「え、ダメなの?」

「ダメだろ。家にイチャイチャの残滓が残る」


 何だよそれ、と千昭からツッコミが入るが、説明してもどうせ理解されることではないだろう。

 

 恋は盲目とはよく言ったもので、無自覚な千昭と日菜美のイチャイチャにはもうすっかり慣れたとはいえ、自宅でやられるとなると話は大分違ってくる。

 本来は憩いの場でなくてはならない一人暮らしの家で、しばしば二人がハグやキスなどしている場面を思い出すことがあれば地獄に等しい。


「それじゃあ、私だけ行くのはアリなの?」

「ナシだな。そうだろ、彼氏?」

「いや、アリだろ。何がダメなんだ?」

「そこははっきりナシって言えよ……」

 

 絶対にいかがわしい気持ちは無いと断言できるが、友達の彼女を家に招く行為はあまり気乗りしない。


 とにかくダメだと強引に押し通せば、ブーブーと文句を言う日菜美の後ろから千昭もこれ見よがしに加勢を始めた。

 

 天然な一面がある日菜美が何も意識していないのとは対照的に、絶対に千昭は色々と気づいた上ですっとぼけているから質が悪い。

 朝陽が日菜美の対応に困っている様子を楽しんでいるのだろう。千昭の表情を見れば憎たらしいニヤニヤ顔が浮かんでいる。


「大体、俺の家はゲームくらいしかないぞ? 日菜美が来ても何も面白くないだろ。それとも何だ、千昭みたいに飯目的か?」

「ピンポンピンポン大正解! 私も朝陽の手料理を食べてみたいの」

「だったらこの前、肉野菜炒め食べたろ」

「あれはお弁当だしちょっと違うじゃん! 作り立てがいいの。それも、ビーフシチューとか豪華な奴!」


 お願い朝陽シェフ、と聞き覚えのあるセリフを並べて頼み込まれてしまえば、無下に拒むのも悪いような気が段々としてくる。


 家に招くこと自体はそこまで嫌じゃないし、手料理を振る舞うことは寧ろ楽しみといったプラスの感情に分類される。


 それでも日菜美の頼みに首を横に振っているのは、ただ単に自宅でイチャイチャを見せつけられるのが嫌なだけ。

 裏を返せば、そこさえクリアしてもらえば拒む理由は見当たらない。


「……過度なスキンシップを始めたら直ぐに追い出すからな」

「それって家に行っていいってことだよね!? ちーくん、やったよ! 許可もらえたよ!」

「良かったじゃん。ずっと朝陽の手料理食べたいって言ってたもんな」


 渋々、唐突な頼みを承諾すると、日菜美は大袈裟に両手を挙げて喜び、太陽の様に眩しい満面の笑みを浮かべた。

 

 イチャイチャ禁止、という注意事項を理解しているかは怪しいが、そこまで喜んでもらえるなら悪い気はしない。


「お礼に明日、MVP取れたら朝陽に賞品あげるね!」

「いや、それは……お前なら噂で回ってる伝説くらい聞いてるだろ?」

「もちろん知ってるよ? 好きな人に渡すと恋が叶うってやつでしょ?」


 いよいよ明日に控える球技大会で種目ごとのMVPに送られてる特別な賞品。

 日菜美は随分とあっさり言ったが、主に女子を中心として最近は学校中この話題で持ちきりだ。

 それこそ、毎日一度は耳にする"氷の令嬢"の噂がぱったりと途切れるほど。


「大丈夫。私はちーくんと付き合ってるから伝説無効! 朝陽が誰かにあげて初めて効果が出るんだよ」

「そういう裏技みたいなのがあるわけね。まあ、そもそも伝説自体が眉唾物だしどうでもいいけど」

「うわっ、身も蓋もねえことを……。女子が聞いたら泣くか怒るぞ」

「そうだよ朝陽、そんなこと言ってたら女の子にモテないよ」

「うるさい、余計なお世話だ」


 容赦のない総スカンをくらったが、朝陽は伝説など興味がないし、信じてもいない。


 聞いた話によると、MVPに与えられる賞品は三本の薔薇があしらわれたブローチらしく、その花言葉が告白という事で恋愛成就の伝説として昇華されたという経緯がある。

 確かに身も蓋もない話だが、そこに因果関係など一切ない。


「てか、日菜美はMVP取れる自信あるのか? バスケって結構な激戦区だろ」

「うーん、多分取れると思う。氷室さんが怖かったけど、怪我しちゃったみたいだし」

「氷室ってそんなに凄かったのか」

「私もよく知らないけど、バスケ部顔負けの上手さなんだってさ」

「ふーん……。全国区の選手にそこまで言わせるとはねえ」

「元、だけどね。朝陽の為に頑張っちゃうよ」

「じゃあ、俺も朝陽の為に頑張ってMVP取っちゃおうかな」

「気持ちは嬉しいけど、二つも要らねえよ……」


 千昭も日菜美も中学時代はそれぞれのスポーツで名が通った有名選手だったので、本気を出せば本当にMVPを取りそうで冗談に聞こえない。

 一つでも余す代物を、二つも持つこととなれば宝の持ち腐れどころの話ではなくなる。


 ただ、日菜美の言葉に朝陽は一つ思うところがあった。


(氷室はやっぱり不参加だと思われてるのか)


 現時点で誰も実現するとは思っていない、日菜美と冬華の対決。 

 ブローチを渡す相手は決まったのかと気が早すぎる恋バナを振ってくるバカップルを無視して、冬華の怪我の経過具合を知っている朝陽は、心の内で密かに好カードの実現を楽しみにしていた。

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