はじめまして の前に

i & you

和解(若い)

「私じゃないわよ」

突然そんな声が聞こえて来たのは午後1時頃。昼食を外へ食べにいっていた私が帰ってきて、座席に座ろうとした途端にそんな大声が聞こえてきたのだ。

そちらを見てみると、ある女性社員と男性社員が揉めている。

女性社員は、そんなに目を三角にして叫んでいなければきっと美人だろうと推定される。ただ、少し目つきがきついかも。

男性社員も男性社員で、若い頃はいわゆるイケメンと呼ばれていたであろう男である。

ただしこちらも、同様の注釈付きだが。

痴話喧嘩でもしているのかと生温かい目で見守っていたら慌てた様子の課長がやってきた。

「篠原さんと槙島さん、さっきからずっとこんな調子なの。止めてきてくれない?お願い。」

課長──40代くらいの、見た目は渋い系統であることは疑いようのない男である。

そのため喋り方とのギャップがすごい。

彼は、両の手を

「なんか、お金のトラブルみたいだから。

アマちゃん得意でしょそういうの。」

はぁ、と溜息をつきたい気分である。

金にがめついとでも言いたいのか。

「いや、ね?僕も言ってみたんだけど睨まれちゃって、ね。怖い怖い」

確かに課長にも無理だろう。相手は気の強そうな2人だし。

仕方ありませんね、と返事して彼らの方へ向かう。昼飯を食べ終わったと思えば次は仲裁なんて。

ボーナス出して下さいよ、なんて思いつつ彼らの方へ向かう。

「楽しそうにお喋りしてる中失礼しますね。もう少しだけ声のトーン抑えてもらっていいですか?昼休みそろそろ終わるので。」

やってしまった、と思ったのは言い終わる前。。

独身歴イコール年齢どころか課長と家族以外の男と話したのは多分10年振りくらいか。

...課長が特別な男みたいになってて嫌だけれどそれは後回し。

何を、と目を剥く男性社員と呆気に取られている女性社員を後目にひとまず退散する。

「アマちゃん、ダメじゃないあんなこと言ったら」

あなたが止めてこいと言ったんだから仕方ないだろう、と思った。

「あーあ、怒っちゃったよ?ふたりとも。

今のはさすがに言い過ぎじゃない?

謝ってきなよ」

確かに私が言いすぎてしまったことは事実だ。

だがしかし。なんとなく腹が立つ。

ずっと大声で怒鳴り合うあの人たちが悪いのだ。

「なんなのあの子。そもそもあんたの教育不足でしょう?課長。」

「全く今どきの若いやつは。

しっかり教えこんどけよ。

はぁ...まったく。」

とうとう老人のテンプレ台詞まで言い出す始末。きこえてるっつーの。

まあまあ、あの子だってあの子なりにがんばってますから。

課長が私をフォローしているという信じられない状況。

多分後で叱られることはわかっていても少し嬉しくなった。

ここまで尽くして貰って。それで私はなんの責も負わない、というのは申し訳ない。

どうしようか、と考えていたら思わず涙が出てきた。

泣いてるところを見られたくなくて。

私は思わず走って職場から出た。

「え?アマちゃん?!」

後ろから慌てる課長の声が聞こえた。

そのせいで余計に彼に迷惑をかけてしまったのが悔しくて。でもそれを挽回することもいまはできなくて。それで余計に泣いた。

「あなただって私たちくらいの歳に

なったら分かるわよ。うちのドラ息子なんかに私の遺産、渡せるわけないじゃない

50になっても未だに定職につかず私の稼いでる分まで持ってパチンコに行ってるのよ?」

この会社は定年を迎え、退社した元社員を

再雇用する、というシステムがある。

ぶっちゃけ

「ボケ防止にもなるし、家に居られても困るから」

という家族たちの要望が強かったためと思われる。

それが彼ら──篠原貴久と槙島さゆりの所属する部署である。

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