第6話 集結! 5人娘

「どいてどいてどいて~!」


 気合い十分のアリアナが外周通路を走りながら声を上げて拳を振るう。

 行く手をはばもうとする堕天使が次々と蹴散らされて壁、床、天井に叩きつけられていった。

 後続を走る僕とジェネットはほとんど出番がないほどだ。


 ローザを倒した時もすごかったけれど、今日はアリアナが絶好調だぞ。

 おかげで僕らはあまり時間をかけずに中央広場に到達することが出来た。

 そしてアリアナは氷結拳フリーズ・ナックルで中央広場へ続くとびらをぶち破ろうとした。

 そんな彼女をジェネットが制止する。


「待って下さい。アリアナ。そのとびらは恐らく物理的な攻撃では開けられません。アビーが持っていた解読コードの中から適切なものを……」


 ジェネットがそう言いかけたその時、いきなりとびらが内側から開かれて、中から数人の堕天使が飛び出してきたんだ。


「クソッ! 奴ら化け物か。もっと人数を呼んでこい!」


 そう悪態をつきながら皆一様に血を流して負傷していた彼らは僕らと鉢合わせになり、お互いに一瞬だけ動きが止まる。

 いち早く動いたのはジェネットとアリアナだった。

 2人は堕天使らを押し返すように蹴散らすと、そのまま中央広場の中へとなだれ込んでいく。

 呆気あっけに取られていた僕も2人に続いて中央広場の中へと駆け込んだ。


 そこは広場を一望できる下から3階層目の回廊だった。

 僕は欄干らんかんに手をかけて下をのぞき込む。

 僕が一番最初に目を留めたのは、黒衣をひるがえして華麗に宙を舞うミランダの姿だ。

 スキルの使えない今の彼女だけど、多くの堕天使たちを相手に堂々たる戦いぶりを見せていた。

 彼女の元気な姿に僕は反射的に声を上げる。


「ミランダァァァ!」


 僕の声に彼女も僕ら3人が駆けつけたことに気付いたみたいだ。

 ミランダは周囲にまとわりついてくる堕天使たちを次々と黒鎖杖バーゲストで叩き落としながら、こちらに手を上げて合図をしてくれた。

 よかった。

 大丈夫そうだ。


 ホッと胸をで下ろす僕は広場の中に目を向ける。

 広場の床の上ではヴィクトリアとノアがそれぞれ斧と槍を振るって元気に戦っている。

 2人は互いをカバーし合うように周囲の堕天使を退しりぞけていた。

 周囲が全部敵という状況もあって結果的にそう見えているだけかもしれないけれど、ヴィクトリアとノアは少し前まで険悪な仲だったとは思えない連携を見せている。


 暴れ回る彼女たち3人に堕天使らは手を焼き、数的絶対有利にありながら攻めあぐねていた。

 さっき外に飛び出してきた堕天使らは、ミランダたち3人の手ごわさにたまらなくなり、救援を呼びに行こうとしたのか。

 それほどミランダたちは数的不利をものともしない活躍を見せている。


 そしてそこにジェネットとアリアナがすぐさま加勢に入った。

 2人は欄干らんかんを飛び越えていき、ジェネットは法力で空中を上昇してミランダの援護に向かい、アリアナは床に着地してヴィクトリアたちの手助けに向かう。

 それを見て僕は何だか心が温まるような気持ちになった。


 個性もバラバラだし、かつてはライバル同士だった彼女たち5人だけど、今この瞬間は同じゲームからやってきた同郷の仲間なんだ。

 その5人の少女たちが集結し、この難局を乗り越えようとしている。

 そのことを僕はとても誇らしく感じた。


 彼女らは敵を次々と葬り去っていく。

 僕とジェネットとアリアナが駆けつけた時点で数十人は残っていた堕天使の数は、2人の加勢によって見る見るうちに減っていく。

 堕天使らの増援は今のところない。

 おそらく外から攻め込んでいる悪魔ゾーランの部隊と交戦する人員を確保しなけれならないため、これ以上の人員をこっちに割けないんだろう。


 これなら堕天使をこの中央広場から一掃するのもそう遠くはない。

 堕天使らはミランダたちの相手をするのに必死で、回廊の上にいる僕にまで気が回らないようだった。

 それでも僕は万が一に備えてEガトリングを取り出す。

 まだこの銃を使う力が僕に残されているか分からないけれど、それでも僕が頼れるのはこれしかないから。


 僕は自分の背後で開いたままのとびらから堕天使の増援部隊が現れた時のために迎撃の準備をした。

 そしてこの開かれたとびらはこの中央広場からの重要な脱出経路でもある。

 ここを確保するのが今の僕の仕事だ。

 僕は再び閉まらないよう自分の背中をとびらに押し当てて押さえた。

 優勢に転じつつあるこの状況下でも油断をしないよう気を引き締めていたつもりだったんだ。

 だけどその時。


「……えっ?」


 僕の目の前に音もなく1人の女性が姿を現した。

 それはあまりにも唐突な出来事だった。

 その女性は何の前触れもなく床の中からまるで見えないエレベーターに乗ってきたかのようにスッと現れてこう言った。


「よくぞいらして下さいましたね」

「あ、あなたは……」


 それはこの天樹の塔の最高責任者であり、天使たちを束ねる至高の存在、天使長イザベラさんだった。

 最初に会った時と変わらず、彼女は柔和な微笑を浮かべ、そのりんとしたたたずまいには威厳を感じさせる。

 だけどキャメロンはゲームオーバーになる前に言っていた。

 堕天使たちを使った誘拐事件の黒幕はイザベラさんだと。

 にわかには信じられないその疑惑を知る僕は、ハッと我に返り彼女に問いかけた。


「あの、どうしてここに? 執務室にミシェルさんたちと立てもっていたんじゃ……」


 そう言いかけた僕の右手をイザベラさんがいきなりつかんだ。


「私の部屋にいらして」


 柔らかな笑みを浮かべたままそう言うと、彼女は再び床の中に沈み込んでいく。

 手をつかまれたままの僕は一緒に引きずり込まれそうになった。


「ちょ、ちょっと……」


 僕は足を踏ん張って必死に抵抗するけれど、次第に僕の足自体も床の中へと沈み込んでいく。

 な、何だこれ?

 僕はとにかくつかまれた手を振りほどこうとするけれど、イザベラさんの力が強すぎてとても無理だ。

 や、やばい!


「ちょ、ちょっと。イザベラさん! やめて下さい!」


 懸命に声を上げる僕だけど、イザベラさんは微笑を浮かべたままそれには答えず、僕をグイグイと床の中に引っ張る。

 僕はどんどん床の中に沈み込んでいき、もう腰まで埋まってしまった。

 思わず左手からこぼれ落ちたEガトリングも床の中へと消えていく。

 こ、この床はまるで底なし沼だ。

 そんな僕の異変に最初に気付いたのはミランダだった。


「アルッ!」


 中央広場の吹き抜けの中を舞いながら堕天使たちと戦っていたミランダは、堕天使たちを振り切って僕のいる回廊まで一直線に飛んできた。

 そしてすでに肩まで床の中に沈み込んでいる僕の左手をつかんでくれた。


「ミランダ!」

「アルを放しなさい! この厚化粧あつげしょう女!」


 僕を懸命に引っ張り上げようとしてくれるミランダだけど、抵抗むなしくすぐに僕らは2人とも床の中へと引きずり込まれた。

 床の中は柔らかい液体のようで、不思議と呼吸は出来るけれど目の前が真っ暗になる。

 だけどそれもほんの一瞬のことだった。


「ようこそ。私の部屋へ」


 気付くと僕とミランダは床の上に倒れていた。

 イザベラさんの声にハッとしてすぐに僕らは起き上がり、周囲の様子を見回す。

 そこはほんの少し前までいた回廊ではなく、広いフロアの中心部だった。

 そしてすぐに僕らは気が付いた。


「ここは……中央広場?」

「ええ。そのようね」


 そう。

 僕らが立つそこは構造も景色も中央広場と寸分違わぬ場所だった。

 だけどそこには戦闘中の堕天使やジェネットたちの姿はなく、あれだけうず巻いていた戦いの喧騒けんそうも聞こえない静寂せいじゃくの世界だった。

 今ここにいるのは僕とミランダ、そして僕らの頭上高くに浮かんでいるイザベラさんだけだ。

 それにしても……。


「裏天界みたいだ……」


 そう。

 無機質でうつろで寂しげな感じ。

 肌に感じるこの独特の雰囲気が、僕がはるか上空で訪れたあの裏天界によく似ている。

 空中から降下してきて僕らの前方に降り立ったイザベラさんが優雅な笑みを浮かべて言う。


「その通り。ここは裏天樹と言うべき場所です。このお部屋にお招きするのは特別なお客様だけですのよ」


 裏天樹……そういうことか。

 表の世界とは似て非なる隔絶された世界。

 イザベラさんは僕らをそこに引き込んだんだ。

 一体、何のために……?

 僕の隣ではミランダがイザベラさんに鋭い眼光を向けていた。


「本性を表したのか、それとも天使長様ご乱心なのか知らないけど、ちょうどアンタに会いに行くところだったから渡りに船だわ。イザベラ! なぜアルに手を出したの?」


 敵を威嚇いかくするとらのように吠えるミランダに、イザベラさんは目を細めて鷹揚おうように両手を広げながら答えた。


「アルフレッド様を連れ込めば、必ずあなたが助けに来ると思ったからですよ。ミランダ」

「! ……へぇ。私がねらいだったっていうの? 上等じゃない」


 思わぬイザベラさんの返答にミランダはわずかに驚きを見せたけれど、すぐその顔に好戦的な笑みを浮かべる。

 そんなミランダをじっと見据えるイザベラさんはフッと目を閉じて静かに語った。


「私はずっとかわいておりました。天使長としての務めを果たす日々は私にとって大変誇らしい物であると同時に、窮屈きゅうくつな暮らしでもありましたから」

「フンッ。愚痴ぐちる相手を間違ってるんじゃないの。天使長様の憂鬱ゆううつなんて聞きたくもないわね。一体何にかわいていたというのよ」

「闘争です」


 と、闘争?

 穏やかな雰囲気のイザベラさんの口から告げられた意外な言葉に僕はまゆを潜める。

 だけどミランダは僕とは違い、その答えにも驚かなかった。


「どうせそんなことだろうと思ったわ」

「さすがミランダ。気付いていたのですね」

模擬もぎ戦の時のアンタは必死に牙を隠すケモノのようだったからね」


 そ、そうだったのか。

 ミランダの言葉にイザベラさんは顔を伏せて静かに口を開く。


「やはりあなたです。魔女ミランダ。私の目に狂いはありませんでした。このうつろな私のかわきをうるおしてくれるのはあなたが一番適任だと思いました。先日の模擬もぎ戦以来、私はあなたのことを……」


 そこで言葉を切ったイザベラさんは顔を上げると、慈愛に満ちた笑みを浮かべて言った。

 

「殺したくて殺したくてたまらないのです」

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