第2話 焼け落ちた森で

「アルフレッド様~。お久しぶりです~」

 

 この場にそぐわないノンビリとしたそのしゃべり方。

 そこに現れたのは懺悔主党ザンゲストのメンバーである獣人アビーだった。

 本当は犬族の女の子なんだけど、今はブレイディの薬で鳥になっているんだろうね。

 彼女は僕らの頭上をクルクルと弧を描いて飛ぶと僕の肩に止まった。


「ひ、久しぶりだね。アビー」

「お元気そうで~。それより大変なんです~。ミランダさんの手助けが必要なんです~。イチャついているところ大変申し訳ないのですが~ご助力お願いします~」


 アビーがそう言うや否や雷鳴のようなミランダの怒声が響き渡る。


「だ、誰がイチャついてるのよ! ふざけんな! この鳥女!」

「うひぃ~! アビーは本当は犬女なのです~。そして空中痴話ゲンカは犬も食わないのです~。ミランダさんもお変わりなくお元気そうで何よりです~」


 そう言うとアビーはそれ以上どやしつけられる前に、僕らを先導して飛んで行ってしまう。


「つ、ついて行かないと。ミラン……イデデデデデッ!」


 突然、ミランダがカブリと僕の耳たぶを噛んだ。

 痛い痛いっ!

 すぐに離してくれたけれど、耳たぶがヒリヒリと痛む。

 な、何なんだ一体もう。


「フン。仕方ないから今回はこれでカンベンしてやるわよ。次同じことしたら耳を食いちぎってやるんだから」

「こ、怖いって」


 で、でもとりあえずお仕置きは終わったみたいだ。

 耳は痛いけれど僕はホッと息をついた。

 ミランダは再び僕を抱えると、アビーの後を追いながら不満げに言う。


「まったく。ジェネットのところのあの犬娘か。それにしても……何であんたはアルフレッド『様』で私はミランダ『さん』なのよ」

「いや、僕に聞かれても」

「家来のくせに生意気よ。まったく」


 ブツブツ言いながらもミランダはアビーについていく。

 彼女もアビーには一度救われているから、その恩義は忘れていないんだろうね。

 決して義理堅いとは言わないけれど、借りをそのままにしておけるミランダじゃないから。


 それから僕らはアビーについていき、薄い雲をいくつか抜けた先に、僕らのように宙を漂う人影を見つけたんだ。

 だけどその人影はジリジリとゆっくり、そして時にガクッと急速に降下している。

 不自然なその様子に目をらした僕は、それが誰だか分かって即座に声を上げた。


「ヴィクトリア! ブレイディ! それにエマさん!」


 そう。

 気絶しているブレイディを抱えているヴィクトリアをさらに上から両手で必死に抱えていたのは、懺悔主党ザンゲストのメンバーであるエマさんだった。


 長くつやのある亜麻色の髪に翡翠ひすいような緑色の瞳、そして透き通るような白い肌。

 抜群のプロポーションを惜しげもなくさらすような露出の多い謎の法衣。

 砂漠都市ジェルスレイムで初めて出会った時よりも、さらにその妖艶な美貌びぼうに磨きがかかっている。


 そうか。

 彼女もシスターだから法力で空中浮遊が可能なんだ。

 とは言っても彼女の空中浮遊は覚束おぼつかない様子だった。

 その理由は明白だ。


「ふ、2人は無理だってばぁ! 重量オーバーだからぁ!」


 そう。

 大柄なヴィクトリアと気絶してグッタリしているブレイディの2人分を抱えて飛ぶのはエマさんにはキツイんだ。

 砂漠都市ジェルスレイムで初めて会った彼女はセクシーな踊り子の衣装に身を包み、いつも余裕の表情を浮かべた大人の女性だった。

 でも今はそんな余裕は微塵みじんもなく、必死に歯を食いしばっている。

 そんな彼女の周りを飛び回りながらアビーが甲高い声を出した。


「このままではエマさんが過重量で墜落してしまうのです~。ミランダさん。お助けを~」


 そう言うアビーにミランダは顔をしかめた。


「チッ! 情けないわねぇ。こっちだって2人抱えているのよ」

「そ、そのうち1人は小さなお子様でしょぉ! こっちは若干1名が非常に大きくていらっしゃるから、ほぼ3人分抱えているようなもんなのよぉ!」


 必死の声を上げるエマさんにミランダは妙に納得する。

 その視線はヴィクトリアに向けられていた。


「まあ、そのデカ女1人で2人分の重量はあるわね」

「ねえよ! 失礼なこと抜かすな!」


 2人の大変失礼な発言に、ヴィクトリアは顔を真っ赤にしてわめく。

 そのたびに彼女を抱えたエマさんの高度がガクンガクンと下がっていく。


「ちょ、ちょっと暴れないでぇ! もうこれ以上は無理無理無理ぃ~!」


 や、やばいぞ。

 今にも落っこちてしまいそうで見ていられない。

 僕はたまらずにミランダに進言した。


「ミ、ミランダ。もう1人引き受けてあげられる?」

「チッ! まったく。何でこの私が……」


 ミランダは文句を言いながらもエマさんに近づき、ヴィクトリアが抱えるブレイディを引き受けた。

 ミランダならではのステータスの高さで、右手にノアを抱えた僕を、左手にブレイディを抱えても、彼女は平然としている。

 顔は不機嫌そのものだけど。


「何で3人も抱えなきゃならないのよ。面倒くさい。アル。やっぱりそのチビガキを捨てなさい」

「ま、まあまあミランダ。君の力なら3人くらい問題ないでしょ?」

「……あんたごと捨てようかしら」

「カンベンして!」


 不機嫌そうなミランダに対してエマさんがさらに彼女の気分を損ねるようなことを言う。


「出来ればブレイディじゃなくて、こっちの女戦士さんを引き受けてほしかったわぁ」

「冗談じゃないわよ。そんな重そうな女」

「アタシを押し付け合うんじゃねえ!」

「さ、3人とも。騒いでないで早く地上にお願いします」


 そろそろ地に足をつけたいよ。

 いつまでも空中で足をブラブラさせているのはどうにも落ち着かない。


「とりあえずゾーランと落ち合う場所に向かうわよ」


 それから僕らはミランダの誘導で焼けた森を目指して降下していくけれど、後方に遠ざかる天樹の塔を振り返り、僕は少し心配になった。

 

「ジェネットとアリアナは大丈夫かな?」


 2人はまだ牢にとらわれたままなんだろうか。

 神様がついていてくれるとはいえ心配だ。

 そう言う僕の周囲を飛んでいたアビーが答えた。


「主からの情報では2人とも無事なのですが、アルフレッド様が脱獄したことがとうとうバレて、2人の拘束監視がより厳重になったとか~」

「ええっ?」


 神様が持ってきた小型の3Dホログラム投影機で誤魔化ごまかしていたけれど、ついに僕の脱獄がバレちゃったのか。

 そうなるとジェネット達への風当たりがより強くなるのは避けられない。

 仕方のないこととはいえ僕は責任を感じ、彼女たちの身を案じずにはいられなかった。

 そんな僕の様子を察したのかミランダが僕の背後で言う。


「あれこれ考えても仕方ないでしょ。あの憎らしいほど図太いジェネットがそのくらいのことで弱音を吐くとは思えないわよ。あいつの泣きっ面だったら見てみてたいけどね」

「ミランダ……そうだね。ジェネットたちならきっと大丈夫だよね」


 自分を納得させるようにそう言う僕をアビーがなぐさめてくれる。


「そういえば~キャメロンという商人の人が~シスター・ジェネットやアリアナさんたちを解放するよう天使たちに訴えかけているそうなのです~」

「キャメロンが? そうなのか」

「もちろん天使の皆さんも~ハイそうですか~とはいかないみたいですが~」


 それはそうだろうね。

 でも、キャメロン少年も力を貸してくれているんだ。

 僕は彼の助力をありがたく、そして心強く感じて勇気付けられた。

 そんな僕を見てミランダがあきれたように鼻を鳴らした。


「フンッ。そろそろ着地するわよ」

 

 ようやく地表が見えてきて、それから僕らは焼けた森に降り立った。

 久しぶりに踏みしめる土の大地に僕は心の底から安心したせいか、その場にへたり込んでしまった。

 ああ。

 土の感触がこんなにもありがたく感じられるのは初めてだよ。

 やっぱり人は土を踏んで生きるもんだよね。

 そんな僕を見たミランダが鼻を鳴らして叱咤しったの声を上げる。


「情けないわねぇ。やみの魔女の家来がそんなんでどうするの。しっかりしなさい」

「し、仕方ないだろ。空を飛べない僕には宙に浮いた状態は恐怖でしかないんだから」

「あそこのデカ女はへっちゃらみたいだよ」


 見るとヴィクトリアは平然と仁王立ちし、森の中を見回している。

 いや、彼女はそもそも心身が鋼鉄で出来ているようなもんだからね?


「と、ところでこの森の中にさっきのゾーランたちがいるの?」

「隠れ場所があるのよ。ついてきなさい」


 そう言うミランダに続いて僕らはそれからしばらく森の中を進んでいく。

 僕の後ろには縄で縛り上げられたノアを肩に担いだヴィクトリアが歩いていた。

 ちなみに地上に降り立つと同時にブレイディが目を覚まし、エマさんや犬の姿になったアビーと一緒に後方からついてくる。


 昨日の昼間には青々とした葉が茂っていた森は、ノアに焼かれてすっかり姿を変えてしまっていた。

 木々はそのみきを黒く焼かれ、葉はすっかり焼け落ちて、せ細った枝が無惨な姿をさらしている。

 ノアが残した爪痕つめあとは深い傷となっていたんだ。

 森の様子を見回しながらブレイディが僕に聞いてきた。


「あの巨大竜になったノアがこの森をこんなふうに?」

「うん。口から吐き出す強烈な熱波でね。ブレイディ。ノアを何とか正気に戻せないかな」


 ノアの傷ついた顔を思い返した僕はブレイディにそうたずねる。

 僕の問いを受けたブレイディは足元を歩く犬のアビーに視線を落とした。


「アビー。どうにか出来ないかい?」

「どこかに落ち着いたら、アビーがノアさんを解析してみるのです~。ノアさんの体内のプログラムを詳しく調べられれば、きっと対処法は見つけられるのです~」


 そうだ。

 アビーはシステム・トラブルを回復する能力に長けている。

 彼女ならノアを元に戻せるかもしれない。

 僕は少し希望の光が見えたような気がして、幾分心が軽くなるのを感じた。


「シッ!」


 その時、先頭を歩くミランダがそう言って唐突に足を止めたんだ。

 後に続く僕らは皆、動きを止めて腰を落とす。


「天使のプレイヤーたちがいるわ」


 木陰こかげに身を隠したミランダが指差す先、前方50メートルほどのところに数名の天使たちがいたんだ。

 ミランダの言う通り、彼らの頭上に浮かぶ輪のさらに上に、プレイヤーであることを表す緑色の逆三角形マークが見えた。


 脱獄囚の僕と逃亡犯のミランダ、それに不正侵入者のブレイディたち。

 今、天使たちに見つかるととても厄介やっかいなことになるぞ。

 僕らは息を潜めて彼らの動向を見守ることにした。

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