第15話 思わぬ再会

 立ち込めていた白煙が風にあおられて霧散していく。

 僕は息を飲んだ。

 僕を守るために嵐刃戦斧ウルカンを構えて立つヴィクトリアの目の前に、思いもよらない相手が立っていたからだ。

 小さな体で槍を構えて立つその少女……いや幼女の姿に、僕以上にヴィクトリアが驚いてその口からつぶやきを漏らした。


「ノア……おまえかよ」


 そう。

 それはヴィクトリアの宿敵にして僕らと同じゲーム世界の住人。

 竜人ノアだった。

 巨大竜と化して森の上空で大暴れしていた彼女はその後、元の姿に戻って失神していたところを謎の女悪魔によって連れ去られていた。

 その彼女がどうして今になってこの場所で僕らの前に現れたんだ?

 そんな僕の思考を打ち破る声が頭上から響き渡る。


「うわわわっ!」

「ブ、ブレイディ!」

 

 先ほどの煙幕で視界を閉ざされていた時に、ブレイディは何者かによって上空へ連れ去られてしまったんだ。

 彼女を羽交はがい締めにして上空に浮かんでいたのは女の悪魔だった。

 僕はその女悪魔の姿をハッキリと覚えていた。

 その女悪魔こそ森の戦いでノアを連れ去った張本人だった。

 そして今度はブレイディが連れ去られようとしている。


「くっ! 放したまえ!」


 そう言ってブレイディは暴れるけれど、女悪魔はそんな彼女の首にガブリと噛みついた。


「痛ぁっ!」


 ブレイディは苦痛に顔をゆがめて声を上げるけれど、すぐにガックリと力なく頭を垂れて動かなくなる。

 くっ!

 やられた。

 ブレイディが眠りか麻痺まひのステータス異常に襲われているのは明白だった。

 僕は即座にEガトリングを手に取り、銃口を女悪魔に向ける。


「ブレイディを放せ!」


 僕の声にも構わずに女悪魔は上昇を続ける。

 僕は仕方なく【Prompt】ボタンに指をかけてEガトリングを起動した。

 さっきブレイディとヴィクトリアのことは除外リストに追加登録をしておいたから、誤射してしまうことはない。

 だから僕は迷わずに光弾を発射した。


 虹色の光弾が上空に向けて次々と射出され、女悪魔を襲う。

 十数発の光弾のうち数発は女悪魔を確かに捉えた……と思った。

 だけど……。


「ああっ!」


 女悪魔に当たる寸前で光弾は唐突に消滅してしまったんだ。

 さ、さっきのせ悪魔の時と同じだ。

 一体どうして……そ、そうか。

 もしかしてブレイディを抱えているから、すでに除外登録されている彼女に当たらないように光弾がさえぎられてしまったのかもしれない。


「クソッ! このままじゃブレイディが……」


 ブレイディが連れ去られた理由は明白だ。

 視覚録画ヴィジョン・レコードで映像証拠を得たブレイディは彼らにとって都合の悪い存在だから。

 ゲームオーバーにさせるわけにはいかないだろうから殺されたりはしないだろうけれど、このままじゃブレイディが危ない。


せ悪魔だけじゃなく、あの女悪魔も誘拐ゆうかい事件に関与していたんだ」


 僕は愕然としてそうつぶやいた。

 状況を見ていたヴィクトリアはノアと対峙たいじしながら、ブレイディを助けるべく腰帯の羽蛇斧ククルカンに手を伸ばそうとした。

 だけどノアはヴィクトリアの少しの動きも見逃さず、鋭く蛇竜槍イルルヤンカシュを突き出してくる。


「くっ!」


 ヴィクトリアは手に持つ嵐刃戦斧ウルカンでこれを弾くけれど、ノアの一撃は鋭く、ヴィクトリアといえども目の前に集中せざるを得ない。


「ノアッ! あの女の用心棒かよ。おまえは誰に味方してるか分かってんのか!」


 怒りの声を上げるヴィクトリアだけど、ノアは一切反応を見せない。

 それどころか表情ひとつ変えずにうつろな目をヴィクトリアに向けている。

 や、やっぱり変だ。


「ヴィクトリア! ノアは今、普通じゃないんだ」

「だろうな。いつものような生意気な口ひとつきかねえのはそのせいか」


 僕の言葉にヴィクトリアはくちびるを噛んだ。

 彼女もノアの異変をすでに察知している。


「アルフレッド。悪いがブレイディのことまで気を回していられねえ。おまえも自分の身を守ることに集中しろ」


 そう言うとヴィクトリアはノアを牽制けんせいするように嵐刃戦斧ウルカンを振るう。

 ノアは蛇竜槍イルルヤンカシュを巧みに操ってこれを受け流した。

 心ここにあらずといった感じのノアだけど、その槍さばきのうまさは変わっていない。

 すきを見せればヴィクトリアも手痛い一撃を浴びてしまうだろう。

 ヴィクトリアには目の前のノアに集中してもらうほかない。


「ブレイディは僕が何とかしないと……」


 僕はEガトリングをしっかりと握りしめて上空を見上げた。

 するとブレイディを抱えた女悪魔が、上空高くで静止し、こちらを見下ろす。

 女悪魔はブレイディを肩に担いだまま右手を頭上に抱えた。


「な、何だ?」


 女悪魔の不可解な行動に首をひねった僕はすぐに驚愕に目を見開いた。

 いつの間にか女悪魔が頭上に掲げた右手に燃え盛るほこが握られている。

 あれは……彼女の武器かもしくはスキルか。

 何にしても危険だ。

 僕は効果がないと思われるEガトリングをそれでも構えた。


災火の矛インドラ・パイク


 女悪魔の声が響き渡り、その手に握られた燃え盛るほこが投げ下ろされる。

 僕は緊張に身を固くして腰を落とし、左右どちらにも身を投げ出せるよう構えた。

 だけど燃え盛るほこは僕やヴィクトリアではなく、庭園の横にある教会の建物を直撃したんだ。

 ほこがその屋根を突き破った途端に、大きな爆発音がして建物が火を吹いた。


「うわっ!」


 激しい衝撃に僕は立っていられなくなり、その場に倒れ込む。

 顔を上げると、むせ変えるような熱風に見舞われ、僕は顔をしかめた。


「きょ、教会が……」


 業火が暴力的な勢いで建物を包み込み、教会はあっという間に燃え上がっていく。

 その速度は異常なほどで、それがあの女悪魔の燃え盛るほこの持つ力であることは明白だった。

 これじゃあもう近づくことも出来ない。

 あの絵画も燃えてしまうし、中に残されたせ悪魔はゲームオーバーとなってコンティニューするだろう。


「くそっ! 証拠隠滅か」


 燃え盛る教会からは時折、何かが大きくぜるようなバチッとした音が立て続けに鳴り響き、外壁の木材が弾け飛んで僕らのいる辺りまで飛んでくる。


「うわっ!」


 僕は慌てて身を伏せて事なきを得たけれど、教会の異常なほどの燃え方に息を飲んだ。

 ただの火災じゃない。

 まるで火薬庫が燃えているようだ。

 あの教会の中にそんな燃えるような物があったかどうかは分からないけれど、明らかに教会を燃やし尽くそうとする意思を感じる。


 僕は何とか立ち上がり、燃え盛る教会から距離をとりながら再び頭上を見上げる。

 すると女悪魔のかたわらにはいつの間にか1人の堕天使が浮かんでいた。

 女悪魔はその堕天使にブレイディを手渡す。

 ブレイディの身柄を受け取ったその堕天使は振り返ると、脇目も振らずに逃げ去っていった。


「ま、待てっ!」


 僕は即座にEガトリングを構え、飛び去っていく堕天使に向けて光弾を放った。

 だけど女悪魔が堕天使を守るよう射線上に身をおどらせる。

 すると女悪魔の体の近くでまたもや光弾は消えてしまったんだ。


「くっ!」


 や、やっぱりダメか。

 除外リストに登録済みのブレイディを抱えていなくても、どういうわけか女悪魔にはEガトリングの光弾が通じない。

 その理由は分からないけれど、考えている暇はない。

 なぜなら堕天使にブレイディを手渡した女悪魔が再び僕の方を向いたからだ。


 女悪魔の手には再び燃え盛るほこが握られている。

 な、何度でも出せるほこなのか。

 あれはやっぱりスキルなんだ。


「逃げろアルフレッド!」


 ノアと交戦中のヴィクトリアが叫ぶ。

 その瞬間、女悪魔は僕に向けて燃え盛るほこを投げつけた。

 僕は咄嗟とっさに横っ跳びでこれを避ける。

 だけど……。


「うわああああっ! うぐっ!」


 直撃は避けても、燃え盛るほこは地面に炸裂し、その衝撃で僕は大きく吹き飛ばされて地面に転がった。

 爆風にあおられた体がしびれたように動かなくなる。

 するといつの間にか間近に迫っていた女悪魔が僕の体にのしかかり、僕の右肩に自分の腕を絡ませると僕の腕を強引にひねった。

 バキッと乾いた音が響く。


「いぎああああっ!」


 右肩に激痛が走り、僕は思わず悲鳴を上げた。

 か、肩が……動かない。

 関節が外されてしまったようで、鋭い痛みとともに脱力感が重く僕の肩をさいなむ。


「アルフレッドォォ!」


 ヴィクトリアの怒声と乾いた金属音が響き渡る。

 ノアの攻勢を受けて彼女も必死なんだ。

 僕は歯を食いしばって声を上げた。


「僕のことはいいから! 自分自身を守って! ヴィクトリア!」


 地面に倒れたままそう叫ぶ僕を足で蹴って転がすと、女悪魔は僕の左肩にも腕を絡ませる。

 僕は必死に身じろぎをするけれど、まったく意味を成さないはかない抵抗をあざ笑うように女悪魔は腕に力を込めた。


「妙な動きをされても困るからな。もう一本の腕も動けなくしておくか」


 くっ!

 僕は襲い来るであろう激痛に耐えるべく、くちびるを噛みしめた。

 情けないけれど、いま僕に出来ることはヴィクトリアに余計な心配をかけないよう悲鳴を我慢することだけだ。

 だけど……激痛は訪れなかった。


「なにっ?」


 女悪魔の口走る驚愕の声と、ジャラリと響く金属の音。

 次の瞬間、僕の体にのしかかっていた女悪魔の体重がフッと消える。

 僕はごろんと地面に仰向けに転がり、両目を見開いた。


 女悪魔は両手両足を4本の黒い鎖で縛られ、空中に浮かびながら身動きを封じられていた。

 その女悪魔のさらに頭上に、黒衣を風になびかせて一人の少女が浮かんでいたんだ。

 そして僕の耳に馴染なじみ深い少女の声がりんと響き渡る。


「私の許しなくアルに触ってんじゃないわよ。殺されたいの?」


 傲然ごうぜんとしたその言葉。

 憤然ふんぜんと女悪魔を見下ろす揺るぎない視線。

 空中に浮かぶその悠然ゆうぜんたる姿に僕は歓喜の声を抑えられなかった。


「……ミ、ミランダ!」


 そこにいたのは行方不明になっていた僕の大事な友達・ミランダだった。

 その姿を見て僕はあらためて思ったんだ。

 ああ僕は彼女にずっと会いたかったんだと。

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