第14話 激撮! アルフレッドの浮気現場

 教会の庭園で僕とブレイディはこれからどう動くかを話し合っていた。

 ヴィクトリアは相変わらず気持ち良さそうにベンチに座ったまま眠っている。


「分析資料と証拠を兼ねて、出来ればあの絵画を持って帰りたいところなんだけど、あれはアイテムではないからストックに収納出来そうにないし、さすがにワタシの薬液じゃ物質まで小さなネズミに変えることは出来ない。残念だけどここに置いていくほかないかな」

「絵を運べないと、あのせ悪魔をここに置いていくことになるね」


 絵画の中には凍りついたネズミに変えられたせ悪魔が眠っている。

 せ悪魔を絵の中から出す方法は分かっていない。

 誘拐ゆうかい事件の容疑者にして重要参考人だから出来れば連れて帰りたいし、彼を置いてここから僕らが去ってしまえば、逃げられてしまうか仲間が救出に来る恐れが高い。

 その時、僕の隣で眠っていたヴィクトリアが不意に身じろぎをしたかと思うと、目を覚まして大きく背伸びをした。


「ファ~ア。チマチマ小さいやつばっかりじゃなくて、あの絵を運べるようなデカい翼竜とかになれる薬はないのか?」


 いきなり目を覚ましたヴィクトリアがアクビをしながらそう言うと、たずねられたブレイディは肩をすくめる。


「簡単に言わないでくれよ。鳥や小動物とは違って大きな生き物に変化する薬液を作るのは難しいんだ」


 そういうものなのか。

 他に方法を考えてみたけれど、空を飛ばずに表世界に戻るには、あの路地の先にある表の天界に行くしかない。

 それなら絵を運んでいくことも出来る。

 とは言ってもそこは上級天使以外は立ち入り禁止の場所だし、脱獄犯である僕や侵入者であるブレイディやヴィクトリアがおいそれと入るわけにはいかない。


「やっぱり絵はこのままにして、雲を抜けて一度下界に降りるしかない。我が主に報告して絵を運び出す算段を立ててもらい、それからもう一度ここへ……」

「んなことしてたらガリガリ悪魔に逃げられちまうぞ。もう絵は下界に投げ捨てちまおうぜ。下で拾えばいいだろ」

「君はアホなのか? そんなことした絵が地上に激突してバラバラになるぞ」


 ブレイディとヴィクトリアがああでもないこうでもないと意見をぶつけ合う中、僕はだんだん頭が働かなくなってきた。

 つ、疲れてきたのかなぁ。

 2人の声が遠くなる中、僕はボーッと庭園の中を見つめていた。

 Eライフルに感情をチャージし続けたせいか、何だか頭が痛いなぁ。

 脳が疲れている感じだ。

 そんな僕の様子に気が付いたヴィクトリアが僕の顔をのぞき込んできた。


「おい。何ボーッとしてんだ?」

「あ、ああ。ごめんごめん。何だか疲れてるみたいで……あっ。そういえば」


 僕はそこであることを思い出した。

 やっておかないといけないことがあるんだった。


「この銃の除外リストに2人の情報を追加しておきたいんだ」


 そう言うと僕はEガトリングの誤射を避けるための除外リストのことを彼女たちに説明し、2人をリストに追加登録した。

 EライフルからEガトリングに変形しても、その機能は変わりなかった。

 ガトリングになってから特性上どうしても誤射しやすくなっちゃったから、これはしっかりやっておかないとね。

 

「これで2人にはもうこの銃の光弾が当たらないから」

「それにしてもアルフレッド。おまえ、その銃にそんな機能があるなら最初から使えばよかったのによ」


 いぶかしげな顔でそう言うヴィクトリアだけど、僕は困惑して首を横に振った。

 EライフルがEガトリングに変化したことで、僕は窮地きゅうちを脱することが出来たんだ。

 でもこの銃がこんな変化を見せるなんて思いもしなかった。


「僕も知らなかったんだ。説明書にもそんなこと何も書かれていなかったし」


 こんな機能があるならキャメロン少年も言っておいてくれれば良かったのに。

 心の中でそう思いながら、それでも彼がこれを渡してくれたおかげでヴィクトリアを救うことが出来たという事実は変わりない。

 僕はキャメロン少年に感謝した。


「アルフレッド君は追い詰められると奇妙な力を発揮する習性があるんだよ。多分、君を助けたくて火事場の馬鹿力が発動したんじゃないのかな」


 そう言ってくれるブレイディにヴィクトリアは納得したようで、快活な笑みを浮かべた。

 でも習性って……犬か僕は。


「そっか。よく分かんねえけど、相変わらずおまえは変な奴だな」


 そう言うとヴィクトリアは僕の首に腕を回して自分の胸元に引き寄せると、僕の髪の毛をワシャワシャとなで回す。


「イタタ。痛いよヴィクトリア」


 彼女は親しみを込めて僕をいじり回してくれてるんだろうけど、なまじ力が強いもんだからまるで大型犬にじゃれつかれているみたいで結構大変だ。

 それにさっきから頭痛を感じているから頭をブルブルと振られるとちょっとしんどい。

 そんな僕とヴィクトリアをブレイディは向かい側のベンチからジィ~ッと見つめている。

 ん?

 彼女の目に赤い光が……ハッ!


「ブ、ブレイディ。何を録画してるの?」

「アルフレッド君の浮気現場」


 シレッと何を言い出すんだこのメガネっ娘は。

 だけど僕よりも先にこの言葉に反応したのはヴィクトリアだった。


「浮気って……アルフレッド。おまえ彼女いんのか?」

「いませんが」


 僕がヴィクトリアに即答でキッパリと否定すると、それを見ていたブレイディが真顔でボソッとつぶやく。


「僕、彼女いません。浮気男はみんなそう言うんだよな」


 コラコラコラーッ!

 何を人聞きの悪いこと言っとるか。

 僕に彼女なんていないことくらい君だって知ってるでしょうが。


「ちょ、ちょっとブレイディ。悪ふざけはそのくらいで……」


 そう言う僕の言葉をさえぎり、ヴィクトリアは僕の胸ぐらをつかむと、鼻と鼻がぶつかりそうなくらい近くから僕をにらむ。

 ち、近い近い!


「もしかしてミランダ、ジェネット、アリアナのうちの誰かと付き合ってんのか? 言えよ」

「そうだそうだ。白状しろアルフレッド君。その3人のうちの誰が本命なんだ? そして2番目は誰だ? 3番目は?」


 僕をにらみつけるような鋭い視線を送ってくるヴィクトリアと、完全に悪ノリで面白がっているブレイディ。

 2人とも疲れてるはずなのに無駄に元気すぎる。


「だ、誰とも付き合ってないから。ましてや順番なんて……」


 そう言いかけて僕は左手首のアザに目をやった。

 このアザを見ると、IRリングを手に入れた砂漠都市ジェルスレイムのお店でナイフ投げに興じた時のことを思い出す。

 そしてその時に一緒にいた大切な友達のことも。


 僕にとってはジェネットもアリアナも大事な友達だし、順番なんてない。

 そんな僕が最初に彼女のことを思い出すのは、一番付き合いが長いからだろうか。

 ミランダ……。

 今、君はどこで何をしているんだ。


「誰のことを思い出しているのかな? アルフレッド君」


 ニヤニヤしながらブレイディがそう言ったその時。


 ウウゥゥゥ!


 静寂に満ちていた天界にいきなりけたたましいサイレンが鳴り響いた。

 弾かれたように立ち上がった僕ら3人が無言で顔を見合わせていると、やがてサイレンは鳴りやむ。


「な、何のサイレンかな?」

「さぁ……見当もつかないけど、嫌な予感しかしないね」

「アタシらがここに潜入したことがバレて、さっきの堕天使どもの仲間がやって来たんじゃないのか?」


 そう言うとヴィクトリアは何かを察知したように上を見上げた。

 彼女にならって僕とブレイディも頭上を見上げる。

 するとすっかり晴れ渡った空に無数の人影が飛行していくのが見えた。

 それを見た僕はギョッとしてしまう。

 それもそのはずだった。

 上空を飛行していたのは、さっき死ぬ思いでようやく撃退した相手だったからだ。


「だ、堕天使たちだ……そんな。せっかく苦労してあんなに倒したのに……」


 そう。

 上空を飛んでいたのは堕天使たちの大群だった。

 僕は慌ててベンチの陰に身を隠そうとしたけれど、隣に座るヴィクトリアが僕の手を握ってそれを引き留める。


「待てよ。あの高さからここなら木の陰に隠れて見えないから大丈夫だ。動くと逆に目立つからそのままでいろ」

「う、うん」


 思わずビクついてしまう僕だけど、きもわったヴィクトリアは泰然と座ったまま上空を見つめている。

 確かに堕天使たちが飛んでいるのはかなりの高度であり、庭の木陰にいる僕らの姿まで見分けるのは困難だろう。

 それにしても、どうしてまた堕天使たちが……。

 その人数の多さに僕は息を飲む。


「ワタシたちを探しているのかな? それにしては大掛かりだし目立ち過ぎる」


 ブレイディは腑に落ちない表情で小首を傾げる。

 彼女の言う通り、堕天使たちの数は多く、整然と編隊を組んで飛行している。

 まるでこれから戦地におもむく軍隊のようだった。


「ありゃ違うな。何かを探している感じじゃない」


 そう言うヴィクトリアにブレイディも同意してうなづく。


「どうやら彼らは中心部にある城に向かっているようだね」


 ブレイディの言う通り、多くの堕天使たちが同じ方向に向かっている。

 その向かう先にあるのはこの天界の中心部である白亜の城だ。


「そ、それにしてもすごい数だね」

「ああ。これはもう天使、悪魔に次ぐ第3勢力と呼ぶべき大所帯だね」


 ブレイディの言葉はまさに的を射ていると僕は思った。

 例えばこれだけの大集団を率いて天国の丘ヘヴンズ・ヒルにある天樹の塔を襲撃したら、天使たちは大苦戦を強いられるだろうし最悪の場合、陥落かんらくもあり得る。


「第3勢力か。そりゃ結構なことだ。ゲーム的にも盛り上がるだろうよ。けどやり方が気に入らねえな。裏で糸引いてやがるのがどんな奴だか知らねえが、引きずり出してアタシのベアハッグで圧死させてやりたいぜ」


 そう言うとヴィクトリアは右の拳を左の手の平にバシンと打ちつけた。

 彼女の言う通りだ。

 天使や悪魔を誘拐ゆうかいして許可なく彼らのプログラムを読み取り、それを利用して産み出された堕天使たち。

 彼らの存在はゲームにとって危険だ。

 あっという間にゲームバランスを崩してしまうことにもなりかねないし、一度そんなことになればプレイしてくれているユーザーたちは離れていってしまうだろう。


「それにしてもこんなに大群の堕天使たちを一体どこに隠していたのやら。もし彼らがワタシたちを探しているんじゃないのなら、今から一体何が始まるんだろうか」


 堕天使の大群がようやく去っていき、ブレイディがに落ちない表情でそう言った時、頭上からふいに何かが落ちて来て庭園の芝生の上に転がった。

 それは手の平サイズほどの大きな木の実だった。

 木から落ちてきたのかな?

 そう思って僕が庭園の樹木を見上げようとした途端、その木の実から猛烈な勢いで白い煙が噴出したんだ。


「うわっ!」


 朦々もうもうと立ちのぼる白煙があっという間に僕らの視界を埋め尽くした。

 

煙幕えんまくだ!」

「ひえっ! うわわわっ!」


 ヴィクトリアの怒鳴り声に続いてブレイディの悲鳴が響き渡った。

 僕は煙にき込みながら思わず目を閉じてその場にしゃがみ込む。

 そんな僕のすぐ背後で乾いた金属音が鳴った。

 それが武器と武器をぶつけ合う音だと分かった僕は、僕の背後に立ったヴィクトリアが何者かから僕を守ってくれたんだと悟った。


 ふいに風が吹き渡り、白煙が晴れていく。

 そして僕は見た。

 ブレイディが何者かによって上空に連れ去られていくのと、ヴィクトリアが目の前に立つ別の人物と武器を向け合い対峙たいじしているのを。

 その場に現れた2人の人物を見た僕は思わず言葉を失った。

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