第12話 4つ目のアザ

 僕を助けてくれたヴィクトリアがついに堕天使たちの手にかけられようとしたその時。

 僕の左手首に刻みつけられた5つのアザのうち、色のなかったはずの4つ目のアザが燃えるような紅の色に染まったんだ。

 そして紅蓮ぐれんの輝きを放つ4つ目のアザに触発されたかのように、黒、白、青のアザまでもがまばゆい輝きを放ち始めた。

 手首が……いや、体中が熱い!


 僕はハッとして思い出した。

 昨日、天国の丘ヘヴンズ・ヒルに来たばかりの時、荷馬車の上でふいに左手首がチクリと痛んだことを。

 それが何かの予兆だったのかもしれないけれど、それにしても……何なんだこれは?

 ただごとではない事態に僕が目を白黒させていると、右手に持ったままのEライフルがいきなり小刻みに振動し始めた。


「な、何だ?」


 Eライフルを持ったままの僕の視界には常に白くて丸い照準サークルが表示されているんだけど、その視界にいきなり白い文字が大きく表示されたんだ。


【Mode Change :Rifle → Gatling】


 モードチェンジ?

 ライフルから……ガトリングって、どういうことだ?

 驚く僕の手元でEライフルがいきなりガチャガチャと音を立てたかと思うと、形を変え始めたんだ。


「えっ? えっ? 何これ?」


 動揺する僕をよそにEライフルは変形しながら巨大化し始めた。

 一丁のライフル銃だったそれは大きなバレル型の弾倉を持ち、一つだった銃口は六つに増え、それに伴って六つの銃身が円形に配置されている形に変化していく。

 これって……

 か、回転式で連射が可能な銃なのか?

 突然の変化に驚く僕の視界の中に再び白い文字が浮かび上がる。

 

【E-Gatling Standby】


 Eガトリング……これはいけるぞ。

 そう直感した僕はすぐさま射撃体勢に入る。

 今度の銃は右手でバレル弾倉部分の持ち手を持ち、左手で銃身近くの持ち手をつかみ、体の右側にぶら下げて半身の姿勢で撃つように出来ている。


「で、でもどうやって撃つんだ? 引き金はどこに……」


 引き金らしきものがどこにも見当たらない。

 Eチャージボタンは左右の手で持つ持ち手のところにそれぞれ1つずつ、合計2つに増えている……ん?

 そこで僕は気が付いた。

 良く見るとボタンの表示が【Charge】から【Prompt】に変わっている。

 ど、どういうことだ? 

 チャージ時間が不要ってことなのか?


「くそっ!」


 こうしている間にもヴィクトリアは堕天使たちによって絵画の中へと運び込まれようとしている。

 もう考えている暇なんてない。

 僕はあせってEガトリングの銃口を礼拝堂の中に向けた。

 慣れない武器に戸惑いながら僕が両手でそれぞれ2つのボタンに指をかけた途端だった。


 ウウウウウッ!


 うなるような音を上げて回転式の六銃身が回り出し、銃口から次々と虹色の光弾が発射された。

 高速で撃ち出された複数の光弾は一部が堕天使に命中し、残りは礼拝堂の床や壁に吸い込まれて消える。

 命中した光弾は堕天使の額を貫通していて、その堕天使はバッタリとその場に倒れて息絶えた。

 こ、これならいけるぞ!

 使い勝手が分からないまま僕はとにかく光弾を撃ち続けた。


「いけえええええっ!」


 迷ってる暇はない。

 ヴィクトリアを絵画の中に吸い込ませてたまるか!

 次々と射出される光弾が雨あられと降り注ぎ、堕天使たちはヴィクトリアを放り出して長椅子いすの陰に隠れたり、武器を手に僕に向かって来ようとしたりする。

 僕は構わずに射撃を続けた。

 床に倒れているヴィクトリアにだけは光弾が当たらないよう注意しながら。


 Eライフルのように正確に狙いをつけることは出来ないけれど、無尽蔵に射出される光弾が次々と堕天使を襲った。

 物質を貫通する光弾は長椅子の後ろに隠れた堕天使を貫き、僕に向かって来ようとする幾人もの堕天使をはちの巣にする。

 1人また1人と消える堕天使は絵画の中から再び現れるけれど、僕は銃口を絵画に向けてそこに描かれた悪魔を躊躇ちゅうちょなく消し去っていった。


 す、すごい威力だ。

 だけど……こ、これは。

 僕は一瞬、目の前が真っ暗になってガクリとひざから崩れ落ちそうになり、危うく天窓の穴から礼拝堂の中に落下しそうになりかけて踏みとどまった。


「うおっと! あ、危ない……」


 通常のEチャージと違って【Prompt】ボタンから絶えず感情が吸われているせいか、気を緩めると意識が持っていかれそうになる。

 脳がフル回転しているように思え、鈍い頭痛が僕の頭を重くしていた。

 だけど……それでも!

 僕はヴィクトリアを助けるために力を使う。

 彼女がボロボロになるまで僕のために戦ってくれたように、僕だってこの体が動く限りヴィクトリアを助けるために力を使い切ってやるんだ。


「くおおおおおおっ!」


 そして……Eガトリングを撃ち始めて1分経ったのか10分経ったのか分からないけれど、僕は無我夢中で射撃を続け、気が付いた時には礼拝堂の中に堕天使の姿はなくなっていた。

 2枚の絵画の中からも天使、悪魔ともに姿を消している。


「……ハッ」


 僕は我に返って【prompt】ボタンから親指を離す。

 すると光弾の射出も止まった。

 ヴィクトリアは……彼女はどうなったんだ?


「ヴィクトリア!」


 僕は屋根の上から礼拝堂の中に呼び掛けた。

 たくさんいた堕天使たちは消え、礼拝堂の中に動くものはない。

 と思ったその時、長椅子いすの陰に動くものが見えた。

 僕は咄嗟とっさにEガトリングの銃口をそちらに向け、ボタンに指をかけようとした。

 だけどすぐに僕は銃を下ろす。

 ゆっくりとそこからい出てきたのはヴィクトリアだったからだ。


「ヴィクトリア!」


 彼女はゴロンと床に転がると、生きているということを示す様にゆっくりと手を振ってくれた。

 傷つき疲れ果てた様子だったけれど、その顔には笑みが浮かんでいる。

 僕はホッと安堵あんどした。


 よ、よかった。

 無事みたいだ。

 彼女の姿を確認すると僕は腰が抜けてしまったように屋根の上にへたり込んだ。

 どっど疲労感が頭から体中に重くのしかかってくる。

 まるで頭の中に鉛を詰め込まれたみたいだ。


 Eガトリング。

 威力はすごいけれど、その代償も決して軽くないことを僕は身を持って知った。


「この銃、こんな機能があったなんて……」


 僕はあらためて足元に置かれた新たな武器・Eガトリングを見た。

 さっきまでのEライフルの形とは大きく異なる変形を見せたその銃を見て、僕は複雑な気持ちを抱いた。

 これがあったからこそピンチを切り抜けることが出来た。

 ただ、それが隠しコマンドなどで元々この銃に備わっていた機能であるなら納得できるけれど、もし仮に僕の何らかの能力が影響していたのだとしたら……。 


 ふと僕は左手首のアザを見る。

 4つ目のアザはさっきよりは落ち着いた色だったけれど、それでもまだ紅に染まったままだった。

 自分の体のことだというのに、このアザの持つ意味が僕にはよく分からない。

 だけどこのアザが新たな反応を見せたと同時に、Eライフルが未知の変化を見せたことは確かなんだ。

 それが偶然であるとは到底思えない。

 

「僕って一体何なんだろう……」


 以前までは平凡なNPCだったはずなのに、最近の僕は何だかおかしい。

 この先どうなっちゃうのか自分でも不安だ。

 そんなことを考えている時だった。

 ガタンと礼拝堂がまたもや大きく揺れたんだ。


「うわっ!」


 僕は天窓から下に落ちないように必死に身を伏せる。

 そんな僕の視界が徐々にせり上がっていき、地面の上の街並みが見えてきた。

 

「も、元に戻ってる?」


 先ほど地下にストンと落ちた教会の建物が上に向かって動き出し、元の位置へと戻り始めたんだ。

 すぐに教会は完全に地面の上へと上がりきり、元の姿を取り戻した。

 だけど驚くべき変化はそれだけじゃなかった。

 そこで先ほどまで天使が描かれていた絵が突然光り出したんだ。

 僕は思わずギョッとした。


「えっ? ま、まさか……」


 絵の中から人影が躍り出てくる。

 また堕天使が出てくるのかと僕は身を固くして即座にEガトリングに手を伸ばした。

 だけどそこで起きたのは嬉しい誤算だったんだ。

 光り輝く絵から出てきたのは、さっき吸い込まれてしまったブレイディだった。


「あうっ!」


 絵から吐き出されるように飛び出してきた彼女は、床にお尻から落ちて短い悲鳴を上げた。


「イテテテテ……。尻が薄いんだからカンベンしてほしいよ」


 顔をしかめてお尻をさすりながらそう言うと、彼女はずれ落ちたメガネを直しながら立ち上がる。

 彼女の無事な姿に僕は思わず歓喜の声を上げた。


「ブレイディ!」

「やあ。2人とも無事なようで何よりだ」


 絵に吸い込まれてしまった彼女だったけれど、大きなケガもなく元気そうに白衣をひるがえして僕を見上げる。


「それより2人とも。絵の中で面白いものを見つけたよ」


 そう言うとブレイディはニヤリと不敵に笑ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る