第11話 戦士の誇り

「蹴散らすぞ! 嵐刃大旋風ウルカン・フルバースト!」


 ヴィクトリアの上位スキルが発動し、大きな両手斧・嵐刃戦斧ウルカンが高速で振り回される。

 超重量の嵐刃戦斧ウルカンをヴィクトリアの腕力に加え、特殊能力である念力によって高速で振り回す絶大な破壊力の大技だ。

 刃の嵐と化したうずが堕天使たちを次々と斬り裂いていく。

 ヴィクトリアを倒そうと彼女に殺到していたことがあだとなり、多くの堕天使がうずに巻き込まれて命を落としていった。

 相変わらず強烈な技だ。


「アルフレッド! もっとアタシのケツにひっついてろ! 離れたら巻き添え食らうぞ!」


 ヴィクトリアの怒鳴り声を受け、僕は彼女の体にほとんど密着するようにして一緒に絵画のほうへ進んでいく。

 彼女の大技で周囲にいる堕天使の数は大幅に減った。

 だけど、やっぱり絵画からは同じ数の堕天使が次々と補充される。


 くそっ!

 早くあの絵を何とかしないと。

 その時、僕の視界にヴィクトリアのおのを恐れて距離を取っている堕天使の姿が目に入る。

 その堕天使は弓矢を構えてこちらを狙っていた。

 やばいっ!


 僕は即座にEライフルの照準をその堕天使に合わせた。

 だけど僕が引き金を引くより早く、堕天使の放った矢が僕の眼前を通り過ぎたんだ。


「うわっ!」


 矢は僕のこめかみの近くを通って背後に抜ける。

 僕は思わず体勢を崩し、そのせいでEライフルの射線がずれてしまった。

 射出された虹色の光線は狙っていた堕天使の横を抜けて絵画に直撃してしまい、ちょうど天使が描かれている箇所に吸い込まれて消えた。


「ああっ!」


 僕は思わず声を上げ、光線の当たった絵画に目をやった。

 もし絵画が破壊されてしまったらブレイディを助け出せなくなるかもしれない。

 だけど……僕はそこである異変を目にした。


 Eライフルの光線が当たった絵画の中の天使がスッと消えてしまったんだ。

 するとこちらに向かって次の矢を放とうとしていた堕天使が、光の粒子を撒き散らしながら消えていった。

 こ、これって……。

 僕は即座にEチャージボタンに親指をかけてチャージを行いながらヴィクトリアを見た。


 嵐刃大旋風ウルカン・フルバーストの発動を終えてもなお堕天使たちを蹴散らす彼女は、チラッと僕を見てうなづく。

 彼女も今の現象を見ていたんだ。

 

「もしかして……」

 

 僕はEライフルを構え、チャージが終わったのを確認すると引き金を引いた。

 視界に映る照準は絵画の中の天使に合わせて。

 虹色の光線が絵画の中に描かれた天使を直撃する。

 すると……。


「や、やっぱり……」


 絵画の中の天使が消え、同時に今まさにヴィクトリアに槍で突きかかろうとしていた堕天使が光の粒子となって消えていく。

 そしてそうやって消えた堕天使の補充人員は絵から出て来ない。

 どういうカラクリか詳しいことは分からないけれど、今僕がすべきことは明白だった。


「アルフレッド! ぶっ放せ!」

「うん!」


 すでに次のチャージを行っていた僕は即座に絵画の中の天使たちに照準を合わせる。

 僕はEライフルの引き金を引いてはチャージし、それを無我夢中で繰り返しながら絵画の中の天使たちを消していく。

 僕の動きに気付いた堕天使たちが襲いかかって来るけれど、ヴィクトリアがそんな堕天使たちを嵐刃戦斧ウルカンで叩き落とす。

 嵐刃大旋風ウルカン・フルバーストをひたすら続けたために体力自慢のヴィクトリアもさすがに疲労の色が見える。

 その上、多くの堕天使からの相手を一手に引き受けてきたせいで彼女は傷だらけだったけれど、僕を守るために気合いの声を上げて堕天使たちに立ち向かってくれた。


「コイツに触んじゃねえ! アタシが相手だ!」


 ヴィクトリアは最大出力で次々と堕天使たちをほうむっていくけれど、その分の堕天使がさらに絵画から補充される。

 個々の実力ではヴィクトリアが堕天使たちを圧倒していたけれど、彼らは数が多い上に、1人1人は決して弱くない。

 防御力こそ高くはないけれど、攻撃に関する技術には確かなものがあった。


 僕を守るために自身の防御よりも攻撃に傾倒しているヴィクトリアは、堕天使たちの攻撃をかなり受けてしまっていた。

 それでも彼女は苦痛の声ひとつ上げずにおののひと振りで敵を退けていく。

 僕のEライフルによって絵画の中の天使が1人また1人と消えていき、それに従って礼拝堂の中の堕天使らもその数を減らしていく。

 そして必死に引き金を引き続けた結果、とうとう僕は絵画の中の天使を全て消すことが出来たんだ。


「よしっ!」


 だけどこれで終わりじゃない。

 まだ礼拝堂の中には半数程度の堕天使が残っている。

 なぜなら絵画はもう1つ。

 悪魔が描かれたものが反対側にあるからだ。


 僕は感情を連続でチャージし続けたことによる頭の重苦しい疲労を振り払い、次のチャージに取りかかりながら悪魔の絵の方に体を反転させた。

 その時だった。

 背後を守っていてくれたヴィクトリアが突然、僕の背中に覆いかぶさってきたんだ。


「ヴィ、ヴィクトリア? どうしたの?」


 驚いてそう声を上げる僕の耳元にヴィクトリアのかすれた声が聞こえてきた。


「すまねえ。足が言うことを聞かなくなってきた」


 僕は息を飲んだ。

 彼女の両足は数々の刃物で斬りつけられて傷だらけになっていた。

 そのライフもすでに残り10%ちょっとまで減ってしまっている。

 

「か、回復ドリンクを……」

「いいから。残りの絵を撃て」


 ヴィクトリアは力のない声をそう言う。

 堕天使たちがそんな彼女に群がってくる。

 ヴィクトリアは自分の足を拳で殴り付けた。。


「くそっ! アタシはこんなもんじゃねえぞ」


 ヴィクトリアはグッと力を込めて立ち上がり、満身創痍まんしんそういの体にむち打って嵐刃戦斧ウルカンを力強く振り回した。


「うおおおおっ!」


 360度振り回されたそれは、周囲の堕天使を次々と吹き飛ばす。

 その間にチャージを終えた僕はEライフルで絵画の中の悪魔を撃った。

 接近していた堕天使の一人が消えていく。

 今の僕に出来ることは、こうして一刻も早く、1人でも多くの堕天使を消すことだ。

 

「くっ!」


 僕はくちびるを噛んで、必死にチャージと射撃を繰り返し、絵画の中の悪魔を撃つ。

 また1人、周囲の堕天使が消えるけれど、まだ10人以上は残っていた。

 くそっ!

 なかなか減らない!


 近づいてくる堕天使を僕に近寄らせないようヴィクトリアがおので吹き飛ばし、そのすきに僕が次のチャージを行おうとしたその時だった。

 ふいに頭上からまばゆい明かりが差し込み、僕は目を細めた。

 チラッと上を見ると天井に設けられた天窓から明かりが差し込んでいた。


 それを見たヴィクトリアは近くにいる堕天使をほうむり去ると、そのまま間髪入れずにいきなり嵐刃戦斧ウルカンを上に向かって投げつける。

 大きな両手斧は勢いよく舞い上がり、礼拝堂の天井付近に設けられたステンドグラスの天窓を突き破った。

 けたたましい音が響き渡り、粉々になったステンドグラスがキラキラと舞い落ちてくる。


「ヴィ、ヴィクトリア?」


 突然の彼女の行動に目を白黒させる僕だけど、ヴィクトリアは有無を言わさずに僕の体を担ぎ上げた。


「う、うわっ……」

「いっけぇぇぇえ!」


 ヴィクトリアはとても重傷を負っている体とは思えないほどの力で僕を空中に放り投げた。


「うくっ!」


 強烈な風圧で目も開けられない。

 だけど宙に投げ飛ばされたボクの体は、正確に割れた天窓を飛び出して礼拝堂の屋根の上に出たんだ。


「アイタッ!」


 そこでようやく勢いが止まり、僕は屋根の上に落ちた。

 呆然と頭上を見上げると、そこには確かに雨上がりの曇り空が広がっていて、雲間からまばゆい陽光が差し込んでいた。


「だ、脱出できた……」


 僕は即座に天窓から下をのぞき込んだ。

 ヴィクトリアは僕をここまで投げ飛ばしたことで力を使い果たしてしまったのか、その場に立ち尽くしたまま動けなくなっていた。

 だけど彼女は僕を見上げたままニッと微笑んだ。

 誇り高き戦士の笑顔がそこにはあったんだ。

 そんな彼女の笑顔を見た僕はたまらなくなって叫び声を上げた。


「ヴィクトリア……ヴィクトリア!」


 まだ10人ほど残っている堕天使がヴィクトリアに群がっていく。

 1人が彼女の髪を後ろから引っ張ってその場に引き倒す。

 すると残りの堕天使たちが寄ってたかってヴィクトリアの手足を押さえつけた。


「や、やめろ……やめろ!」


 堕天使たちは動けなくなったヴィクトリアの両手両足をつかんで浮き上がると、そのまま彼女を絵画の方へ運んでいく。

 ヴィクトリアを絵に吸い込ませる気だ!

 僕はのどが張り裂けんばかりに絶叫した。


「やめろおおおお!」


 こ、このままじゃヴィクトリアが!

 僕を助けるためにここまで来てくれて、僕のために矢面やおもてに立って傷つきながら果敢に戦ってくれた彼女が!

 そんなにしてくれた彼女のために僕は何も出来ないのか!

 悔しくて情けなくて、僕は痛いくらいに握りしめた拳を屋根に打ちつけた。


 痛っ!

 そこで僕は屋根に打ちつけた左手の手首にチクリと刺すような痛みを感じて思わず顔をしかめた。


 見ると左手首に5つ並んだ小さな丸いアザが変化している。

 左から黒、白、青と色がついていることは変わりないけれど、くすんだ肌色だったはずの4つ目のアザが赤く変色していたんだ。

 それは燃えるような紅蓮ぐれんの輝きを放っていて、色だけではなく実際に手首が熱く燃えているかのような熱を帯びていた。

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