第7話 雨上がりの心
「ヴィクトリアァァァァ!」
僕は思わず叫んでいた。
それは長さ20センチほどの黒い針で、毒液と思しき緑色の液体で濡れていた。
あの
戦慄を覚える僕だったけれど、
うまいことヴィクトリアに
そこで僕は気が付いた。
毒針を浴びたヴィクトリアが微動だにしないことと、そんな彼女の全身が灰色に染まっていることに。
な、何だあれ?
そして彼女のすぐ横には折れた黒い針が何本も落ちている。
事態を飲み込めずに目を見開いている僕の前でヴィクトリアが大きく息を吐いた。
「っぷはぁっ!」
途端に彼女の体の色が元に戻る。
そしてヴィクトリアは間髪入れずに
体重を預けるようにして
「不意打ち成功だと思ったかマヌケ野郎。残念だったな。アタシの新スキルの前にはこんな毒針まったくの無意味なんだよ」
そ、そうか。
ヴィクトリアはここに来る前に新しいスキルを実装していたのか。
あの感じだと体を硬化させて防御力を高めるタイプのスキルだと思う。
「そんでもって、この距離でアタシに捕まるとどういうことになるのか、その体で覚えておけよ。ふんぬぁぁぁぁぁ!」
ヴィクトリアは声を上げて力いっぱい
「ギェアアア!」
すぐに
そしてそのライフゲージからライフがどんどん減っていく。
もはや勝負ありだった。
完全に動かなくなった悪魔のライフが残りわずかになったところで、ようやくヴィクトリアは手を放して悪魔を解放した。
強烈な力で締め上げられ、急激にライフが低下したことによって悪魔は失神していた。
す、すごい腕力だ。
「よし。殺さずに済んだし、上出来だろ」
そう言うとヴィクトリアは捕縛用のロープを取り出して手際よく
僕は思わず歓喜の声を上げながらヴィクトリアの元へと駆け寄った。
「ヴィクトリア!」
「元気そうだな。アルフレッド」
「うん。君も。助けてくれてありがとう」
僕がそう言うとヴィクトリアは少し照れくさそうに笑った。
「礼なんてよせよ。おまえには世話になったからな」
「まさかヴィクトリアがここに来てくれるなんて思いもしなかったよ。無事にNPCになれたんだね」
「ああ。プレイヤーと競い合うライバルNPCだ。気ままにやりたいアタシにピッタリだろ」
「うん。おめでとう。ヴィクトリア」
背の高い彼女はそう言う僕を見下ろして快活な笑顔を見せた。
「実はおまえが困ってるから助けてやってくれないかって、神様とかいう奴に頼まれてな」
「神様が?」
「ああ。NPC化した途端、アタシのところにやってきたんだ。変なオッサンだったけど、おまえのためならアタシも一肌脱ごうと思ってよ。んで、こっちの世界に送り込まれた途端、鳥になる変な薬を飲んでここまで来たってわけさ。あっちこっち迷っちまって遅くなったけどな」
そういうことだったのか。
変なオッサン呼ばわりされてるけど、あの人はやることをやってくれる。
僕は神様の根回しに感謝した。
「今のおまえが抱えている事情はその神様って奴から一通り説明されたんだが、正直アタシにはピンとこねえな。けど、とにかくおまえを守るってことならアタシにも出来そうだ。だから今日はおまえの用心棒として行動するよ。その方がやりやすい」
「助かるよ。ヴィクトリア。でもさっきの毒針は平気だったの?」
彼女は
僕が問いにヴィクトリアは
「ああ。この通りだ。NPC化した時に新しいスキルを中位として実装したんだ」
「防御系のスキルだよね?」
「そうだ。
彼女の説明によれば限られた時間の間、体を特殊な金属と化して、物理攻撃や魔法攻撃を一切受け付けない状態にしてくれるらしい。
「硬化している間は動けなくなっちまうし、呼吸すらできなくなっちまうっていう弱点もあるんだが、それでも毒針に傷一つつかなかったぜ。なかなかのもんだろ?」
「うん。一瞬ヒヤッとしたけど、相手に接近して戦うヴィクトリア向きだね」
再会を喜び合う僕らだけど、そこで突如としてブレイディが声を上げて突進してきた。
「危ない!」
そう言うとブレイディは慌てて僕らを押し退けるようにして、ロープで縛られたまま横たわっている
いきなり何かと思った僕は
ヴィクトリアも驚きの声を上げた。
「な、何だ?」
「ああっ!」
捕縛されたまま失神して横たわっている
あ、あれって……。
即座に僕の脳裏に昨日の出来事が鮮明に浮かぶ。
天樹に忍び込んできた子供の堕天使が最後あんなふうになって……。
「じ、自爆だぁぁぁ!」
「なにっ?」
僕の声に反応したヴィクトリアは
「
そう叫んだヴィクトリアの体が硬化して固くなっていくのが分かる。
彼女は
でも僕はこれで助かるかもしれないけれどブレイディが……。
そのブレイディは
細身だった
「ブレイディも早く逃げて!」
僕はそう叫んだけれど、ヴィクトリアの体と地面の
それは注射器のようだった。
それをブレイディは
い、一体何を……。
僕がそう思った途端だった。
今にも破裂しそうだった
「な、何だ?」
見る見るうちに悪魔の体は氷漬けにされた魚のように真っ白になって沈黙した。
「よし。成功。ふぅ~。さすがに肝が冷えたよ」
ブレイディはホッと
極度の緊張から解放されたような表情のブレイディは、硬化したヴィクトリアの体の下でワケが分からずに目を白黒させる僕に言った。
「っぷはあっ!」
そこでヴィクトリアの硬化が解けて僕たちは起き上がった。
そんな僕らの目の前で、空っぽになった注射器を手にブレイディが得意げな笑みを浮かべて言う。
「昨日の堕天使の一件はジェネットから我が主に報告があったからね。同じような事態が起きても対処できるようシステム凍結薬を用意しておいたんだ。これでコイツはもう自爆して証拠隠滅することは出来ない。ザマーミロだね」
そんな彼女の姿を見て、僕は自分の頭の中に凝り固まっていたある思いがほぐれていくのを感じていた。
三人寄れば
僕なんかでは到底かなわない相手を力でねじ伏せるヴィクトリア。
僕なんかでは到底作れないほどの数々の薬液で相手を
そして僕は……何かよく分からないけど他の人には無い変な力があるみたいだし。
僕は自分の左手首に刻みつけられた5つのアザを見つめた。
少し前まで自分の力の無さを嘆いていた僕だけど、そんな必要はちっともなかったんだ。
アリアナが言ってくれたように僕は僕が持ちうる強さを探せばいい。
たとえそれが人より劣っていたとしたって、僕じゃない誰かと力を合わせれば目の前の困難を乗り越えていけるはずだ。
他力本願と人は言うかもしれない。
だけど日頃、僕の周りにミランダやジェネットやアリアナがいてくれること。
そして今、目の前にヴィクトリアとブレイディがいてくれること。
それは今まで僕が必死に
こういう
一本の矢で駄目なら三本の矢。
それでもだめならもっと多くの矢。
そうして人とのつながりを大切にしていけば、僕の周りにはいつもこうして誰かがいてくれるだろう。
そう信じて歩いていこう。
僕は
いつの間にか雨は上がっていた。
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