第三章 天地をあざむく者たち

第1話 脱獄大作戦!

 天国の丘ヘヴンズ・ヒルの中心にある天樹の塔。

 反逆容疑で塔内の牢獄に収監されていた僕は、そんな場所を訪れるはずのない人物の突然の訪問に驚きの声を上げた。


「か、神様……」

「久しぶりだな。アルフレッド」 


 老天使はそう言うと右目を閉じて左目だけを大きく見開いて見せる。

 すると左の目にキラキラと輝く美しい紋章が浮かび上がった。

 『GOD』の3文字を1つにまとめたようなその紋章こそ神様の証だ。

 前回の砂漠都市ジェルスレイムでは、フェレットや犬の姿をしていた神様だけど、その時も左目がこんなふうに綺麗きれいに輝いていたのを僕は思い出した。


「助けに来てくれたんですか? 他の天使に怪しまれずによくここまで来られましたね」


 僕がそう言うと神様は鼻をフフンと鳴らして得意げな顔で左目を閉じた。

 次に開いた時には紋章は消えていた。


「私はこの老天使の姿でもう随分ずいぶん前からこのゲームに潜入し続けている。今さら誰に見られても怪しまれはしない。時間をかけて調査を進め、このゲーム内でも協力者を得た」

「そ、そうなんですか。すごいな」

「ああ。だからここでこうしておまえと会話をしていることもバレないよう裏工作を施している。おまえの知らないところで私は仕事に励んでいるんだよ。おまえが女たちとイチャイチャしている間にもな」


 いつ僕がイチャイチャしていたというのか。

 そんな心当たりはないぞ。

 おい誰だ?

 ブーイングなんかしてるのは。


「ま、まあとにかく神様からライアン主任に掛け合って僕らをここから出してもらえませんか?」


 僕がそう頼むと神様はにべもなく首を横に振った。


「やなこった。そんなの無理に決まってるだろう?」

「へっ? 神様でも無理ですか?」

「当たり前だろう。ここは我々のゲームじゃないんだぞ。私には何の権限もない。それに石頭のライアンを説得しようなんて時間と労力の無駄だ。だからアルフレッド。脱獄するんだよ」


 そう言うと神様は天使らしからぬ悪どい顔でニヤリと笑った。


「だ、脱獄……。そんなことして大丈夫なんですか?」

「問題ない。天使たちはおまえが脱獄したことにしばらくは気が付かないからな」


 そう言うと神様は愉快痛快というような顔で笑いを噛み殺した。

 神様の言葉をすぐには理解できなかった僕だけど、投げ込まれた白い板を拾い上げてみて神様の考えていることが理解できた。


「こ、これって……」


 それはつい最近、僕が利用したことのあるアイテムだったんだ。

 3分後、僕は大きく姿を変えていた。 

 いや、小さく……だね。


「いいか。アルフレッド。格子に引っ掛かるから羽を閉じておけよ」


 そう言うと老天使にふんした神様は格子の間から手を差し入れて僕の体をつかんだ。

 今、僕の体は羽毛に覆われた一羽の鳥に変化していた。

 神様の部下にしてジェネットの同僚となる懺悔主党ザンゲストメンバーの少女・科学者ブレイディが作ってくれた薬の作用だ。

 神様がさっき投げ入れてくれたスポイト型の容器に入った薬を服用したことで、僕は人の姿から鳥の姿に変身した。


「これは何の鳥ですか?」

「ハヤブサだ。ノロマのおまえでもこれでかなりの高速で飛べるぞ」


 ノロマで悪かったな。

 以前に僕は砂漠都市ジェルスレイムで同種の薬をブレイディからもらってフェレットに変化したことがあった。

 だけど以前よりも薬の効能が進歩している。

 前は動物に変化した後は人の言葉を話せなかったんだけれど、今回はこうして鳥の姿でも人間の言葉で会話できるぞ。


 ブレイディは相変わらず天才だな。

 メガネが特徴的な彼女の顔を思い返しながら、相変わらずの薬の効果に感心した。

 神様はハヤブサになった僕を格子の隙間すきまから抜き取ると、一転して神妙な顔で言った。


「薬の効果は一時間ほどだ。あまり時間がないから要点だけ説明するぞ。よく聞けアルフレッド。この牢は天樹の塔の地下に位置する」


 そう言うと神様は廊下の壁の上に据え付けられたダクトのふたを外して、ポッカリと空いた穴を僕に見せる。


「おまえは今からこの排気口を通って中庭に抜ける。出口のふたも外してあるから心配は無用だ。中庭に出たらそのまま吹き抜けを上昇しろ。天使に出くわしても臆することはない。中庭に鳥が入り込むなんて珍しいことじゃないから、奴らは気にも留めないさ」


 そこから続く神様の説明は、僕を天樹の外に逃がすためのものだった。


「天樹の外に出たら後は一直線に上を目指して飛ぶんだ。お前を先導して飛んでくれる鳥の仲間がいるから案ずるな。そいつの後について飛び、雲を抜ければその先に天界が広がっている」

「天界? 僕がそこに?」

「そうだ。そこでブレイディが待っている。後は彼女の指示に従ってくれ。おまえには向こうでやってもらいたい仕事がある」


 神様の言葉に僕は不安を覚えた。


「ジェネットとアリアナも一緒ですよね?」

「いいや。あの2人はここで仕事があるからこっちに残す」

「ええっ? あの2人は牢に残ったままなんですか? そんな……」


 慌てて羽をバタつかせようとした鳥姿の僕の体を神様は手で押さえた。

 

「落ち着け。ジェネットが何のためにおとなしく収監されたと思う? 彼女は自分の成すべきことを分かっているんだ」


 神様は落ち着き払った目で僕を見た。

 そ、そうか。

 天使たちに捕らわれた時からジェネットがおとなしくしていたのには、やっぱり理由があったんだ。

 ジェネットは僕なんかと違って思慮深くて物事を俯瞰ふかん的に見る目を持っている。

 僕が出来るのはそんな彼女を信じることだけだった。

 落ち着きを取り戻した僕を見て神様は噛み砕くように言う。

 

「アルフレッド。本来ならばこの場所は我々には何ら関わりのない世界だ。ここでどんな事件が起ころうとも我々が関与することではない」

「え、ええ」

「だが、この先もこのゲームと我々のゲームの交流は増えていくだろう。今回の出来事はただの他山の石というレベルの話ではない。行方不明者の中には我々のゲーム世界から来たキャラクターも含まれているのだからな。そして今後は我々のゲームでも他ゲームからのキャラクターの受け入れを検討する動きがある。もはや他人事ではない」


 確かにそうだ。

 神様の言いたいことは僕にも分かる。

 今回はたまたまイベントとして僕らはこのゲームにコラボ参加したけれど、これからもこうした交流が増えるのならそうした危険は単なる対岸の火事とは言っていられなくなる。


「神様。僕には難しいことは分かりません。ただ、僕が望むのは友達を守ることです。そのためなら、がんばれます」


 僕がそう言うと神様は力強くうなづいた。


「分かった。ジェネットとアリアナは引き続き拘留されることになるが、私がついているから心配するな。行方不明のミランダについては今、潜入させた他の懺悔主党ザンゲストのメンバーに捜索させている。色々と心配だろうが今は我慢してくれ」


 他にも仲間たちが来てくれているのか。

 心強いな。

 神様の言葉に僕はうなづき、牢の中を振り返る。

 すると僕が脱出して誰もいなくなったはずの牢の中には僕がいた。

 牢の中の僕は隅っこに座って背を向け、時折肩を震わせながら顔を伏せている。


「こうして牢の外から見ると本当に本物の僕みたいですね」


 僕は思わず感嘆まじりの声を漏らした。

 牢の中にいる僕の姿は3Dホログラムによって立体化された映像だった。

 神様がブレイディの薬と一緒に渡してくれた手のひらサイズの白い板は、少し前に僕らの住むやみの洞窟に運営本部から褒賞として贈られた3Dホログラム投影機の改良小型版だった。

 あの時は両手を広げて抱えるほどの大きな板だったけれど、今回のは随分とサイズダウンしていた。

 そして牢屋の格子の外から見ると映像とは思えず、本当に僕がそこにいるようだった。


「これならおまえが脱獄したことに天使たちもしばらくは気が付かない。追手はかからないはずだから、落ち着いて飛べ」


 神様はそう言うと僕を排気口の縁に下ろした。


「行ってこい。アルフレッド。幸運を祈る」


 僕はうなづいて、ポッカリと開いたダクトの中へと飛び立った。

 薄暗い排気口の中を上昇し始めると、すぐに前方に明かりが見えてきた。

 その明かりに向かってまっすぐ飛ぶと、やがて排気口の出口を抜けて中庭に出ることが出来た。

 暗くて狭い場所から明るくて広い場所に出た解放感に安堵あんどしつつ、僕はさらに上昇する。

 吹き抜けとなっている中庭では十数人の天使たちが自らの職務に従事していたけれど、鳥の姿の僕を見ても特に気に留める様子はなかった。


 よかった。

 バレてないぞ。

 それから僕は中庭の上の方に設けられた通気窓から外に飛び出した。

 天樹の外に出た僕は外気の心地よさに歓喜を覚えた。

 鳥になって空を飛ぶのって気持ちいい。

 ついこの前、竜人ノアに上空から落とされた時は恐怖しかなかったのに、自分の羽で思い通りに飛べる鳥の体になった今の僕はそんな恐怖は微塵みじんも感じなかった。


「いやっほぉぉぉぉ!」


 僕はぐんぐん加速して、神様に言われた通りに天樹に沿って天のいただきを目指す。

 そしてとうとう葉の生い茂る天樹の塔の天辺てっぺんが見えてくる。

 あそこを抜けてさらに上に飛べばもうすぐ天界だ。

 その時だった。


 ゾクッとする悪寒が僕の背中をい上がり、羽が縮こまってしまいそうになった。

 な、何だ?

 僕は上昇を続けながら、その悪寒から逃げ切れずにいた。

 視線を感じる。

 まるで誰かにじっと見つめられているかのような感覚が消えない。

 全身の毛が逆立っている。


 おまえを見ているぞ。

 すぐ背後からそうささやかれているようなその気配が何だか不気味で、僕は大急ぎで天樹の塔の天辺てっぺんを飛び越えた。


「ふうっ」


 ようやく不気味なプレッシャーから逃れることが出来た僕は、大きく息をついて羽ばたいた。

 天樹がどんどん下に遠ざかっていくのを、見下ろして安堵あんどしながら僕は首をひねった。

 さっきの視線のような気配は何だったんだろうか。

 思い返すとまだ背中がゾクッとする。


 その後は雲と青空が広がっているばかりで、道しるべとなるものが何もない。

 ともすれば方向感覚を失いそうになるけど、見つめる先の上空に一羽の鶴が舞っているのが見える。

 背中の羽が白く、顔の回りは黒いその鶴は僕を待っていてくれたかのようにこちらを見つめながら羽ばたいていた。

 そして鶴は僕が近付くと背中を向けてさらに上空へと高度を上げていく。


 あの鶴についていけばいいんだな。

 僕は鶴の後を追ってさらに上空へと上っていった。

 その先に見えるはずの、僕が進むべき道を目指して。

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