第11話 力をこの手に

 宴の後に堕天使の侵入というハプニングがあった夜の翌朝。

 面倒だから部屋で休んでいるというミランダを除いた僕とジェネットとアリアナは天使長イザベラさんの執務室を訪れていた。

 そこはまるで王城のロビーかと思うほどに広かったけれど、他の部屋と同様に壁、床、天井、置かれている家具や調度品の類いも全て木で造られた温かみのある部屋だった。

 訪れた僕らを出迎えてくれたイザベラさんは、開口一番に謝罪の言葉を口にした。


「詳細は全てライアンより聞かされております。私どもの不手際で皆様にご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません。皆様におケガがないのがせめてもの救いでした」

 

 そう言って頭を下げるイザベラさんにジェネットはにこやかに応対した。


「いえ。私達もトラブルの類いには慣れておりますし、荒事もいつものことですから過度な御心配は無用です。それよりイザベラ様。私達の本日の参加行事ですが、予定通り行われるのでしょうか?」

「ええ。幸いにして大きな被害もありませんでしたので、天界からの物資受け取りは予定通り進めます。もしかしたら昨夜の侵入者も我々を浮き足立たせるための悪魔たちの謀略の一環かもしれませんし、あまり騒ぎ立てるのも彼らの思うつぼですから」


 イザベラさんは泰然とそう言った。

 やっぱりトップに立って天使たちを束ねる人だけあって、彼女はトラブルに際しても落ち着きを失わずにいる。

 この人が天使たちにとってどれだけ大きい存在なのか僕にもよく分かる。


 ちなみにジェネットはミランダの魔法で堕天使の自白を促そうとしたところは省き、イザベラさんに事情をうまく説明してくれたんだ。

 ジェネットの対人スキルに内心で感謝しつつ、僕らはイベントに参加するためにイザベラさんの執務室を出て廊下を歩き出した。


「出発は11時ちょうどなので部屋に戻って準備を済ませてしまいましょう」


 そう言うジェネットに従って部屋に戻ろうとした僕らは、その途中で思いもよらない人物と出会ったんだ。


「お疲れさまです。皆様」


 そう言って鷹揚おうように両手を広げ、廊下ろうかで僕らを出迎えたのはキャメロン少年だった。

 彼の背後には例によってお供のマットさんとローザさんが付き従っている。

 相変わらず2人は主のキャメロン少年とは対照的に能面のような無表情だった。


「キャメロンさん。どうしてここへ?」


 驚く僕にキャメロン少年は子供らしからぬ落ち着いた笑みを浮かべる。


「ただ皆様をこの世界にお送りするだけがワタクシの仕事ではありませんよ。皆様のご活躍に微力ながらご協力させていただくのもワタクシの務めです」


 そう言ってキャメロン少年は銀色のアタッシュケースをアイテム・ストックから取り出した。


「これをアルフレッド様にお渡ししようと思いまして」


 そう言ってキャメロン少年が開いたケースの中にはメタリック・グリーンに輝く筒上の道具が収められていた。


「これは?」


 その道具が何であるのか分からずに僕は戸惑ってキャメロン少年を見る。


「一言で言うと銃です。アルフレッド様の世界には武器としての銃は存在しませんが、銃そのものはご存じですよね?」


 まあ、ゲーム内に流される宣伝で見る他のゲームには銃で打ち合うものもあるから、銃という物が何であるのかは僕にも分かるけれど……。


「うん。でもこれを僕に?」

「ええ。ぜひ悪魔たちとの戦いにお使い下さい。きっとアルフレッド様の助けになるはずです」


 いやいや。

 銃なんて見たことも触ったこともないのに、いきなり使うなんて無理だよ。


「ぼ、僕には銃なんて使えないですよ」

「いえいえ。これは初心者の方向けで、扱いも簡単ですのですぐに慣れますよ。それにアルフレッド様は確かナイフ投げがお得意だったかと。動作は全く異なりますが、的を狙うのはお手のものでは?」


 確かに以前、砂漠都市でミランダからナイフ投げのレッスンを受け、僕はコツをつかむことが出来た。

 でもナイフと銃ではかなり勝手が違うと思う。

 慣れない武器を持ってもうまく使える保証はないし、手に余る武器に振り回されてしまえば戦場では逆に足手まといとなってしまう。

 せっかくの親切な申し出だけど丁重ていちょうに断ったほうがいいな。


「キャメロンさん。やっぱり僕……」

「無理に使う必要はありませんよ。ですが持っていれば何かの役に立つかもしれません。これがあればアルフレッド様も戦いに参加できますし、万が一ミランダ様たちが窮地きゅうちおちいった時に助けになるかもしれません」


 キャメロン少年のその一言が僕の心を強く揺さぶった。

 タリオのない今の僕でもミランダたちの役に立つことが出来る。

 それは僕にとって切実な願いだった。


「アル様。無理に戦闘に参加しなくてもいいのですよ」

「そうだよ。アル君。アル君のことは私が守るから心配しないで」


 僕の背後で事態を見守っているジェネットとアリアナはそう言ってくれる。

 彼女たちの言葉はありがたいけれど、今の僕には少しばかり嬉しくない。

 だって……僕だって皆の役に立ちたいよ。

 いつも守られてばっかりじゃなくて、僕も皆を守りたいんだ。

 その気持ちが抑えられずに僕はキャメロン少年に言う。


「もし……もし皆の手助けが出来るのなら、その銃を持っていたい気持ちはあります。でも僕あまりお金がなくて……」


 商人であるキャメロン少年がこれを僕に勧めるのは、当然それが商売だからだ。

 でもこれ、一体いくらするんだろうか。

 きっと高いものなんだろうと思った僕の言葉にキャメロン少年はニコリと微笑んだ。


「いいえ。お売りしたいわけではなく、貸与たいよさせていただきたいのです」

貸与たいよ?」

「ええ。実はこの銃はまだ開発したばかりの試作品でして、アルフレッド様には実用性のモニターをお願い出来ないかと思っております。ですからもちろん御代はいただきませんし、モニタリングが終了した暁には謝礼も兼ねてその銃は差し上げます。試作品とは言ってもテストを重ねた完成品ですし、実戦訓練がないだけでその性能と安全性は保証されていますから、ご安心下さい」

「そ、そんな。そこまでしてもらったら悪いですよ」


 こんな高価そうなものをタダでくれるなんて、僕にはちょっと理解できない発想だ。

 それに実用性のモニタリングなら僕みたいな弱い奴より適役はいくらでもいるんじゃないだろうか。

 僕の表情から内心を読み取ったのか、キャメロン少年は話を続ける。


「アルフレッド様のご心配はよく分かります。タダより怖いものはないと言いますし、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまいますよね。ただワタクシは親切心で言っているわけではなく、あくまでもギブ&テイクのビジネスとしてご提案差し上げているのです。というのも、この銃は戦闘に長じた人にお渡しするよりも、失礼ながらアルフレッド様のように戦いに不慣れな方に使っていただいた方が良いモニタリングになるのです」


 キャメロン少年の話によれば、この銃は初心者向けに広く普及してほしいものらしく、僕のような素人しろうとでも上手く使いこなせるという実証データが欲しいらしい。

 要するに僕に使わせるのが最も都合がいいみたいだ。

 

「これはワタクシにとっては投資なのです。その銃自体は確かに一丁でも安いものではありませんが、このテストに成功すればその何百倍、何千倍もの利益を稼ぎ出す市場を作り出してくれるのです。ワタクシはしょせん商人ですから考えているのは結局、金もうけのことです。単純でしょう? ですから気持ち悪がらずにもっとビジネスライクに考えて下さい。アルフレッド様」


 むぅ。

 そういうことなら受け取っておいても悪くないか。

 本当にこれがあればミランダ達の力になれるかもしれないし、そうじゃなくても最低限自分の身は自分で守れるかもしれない。

 そう思った僕はアタッシュケースを受け取った。


「あの……じゃあ一応お預かりします。ただ実戦で僕が咄嗟とっさにこれを使えるかどうか分からないので、モニタリングで良い結果が出せないかもしれませんけど……」


 僕がそう言うとキャメロン少年は穏やかな笑みを浮かべて言う。


「そこはアルフレッド様にお任せしますよ。モニターをお願いしているのはアルフレッド様だけではないので、変に責任感を感じずに気楽にいて下さい。使わないのであれば後ほど返却していただければ結構ですので。一向に構いません。ただ……」

「ただ?」

「この銃はアルフレッド様が使ってこそ、威力を発揮するんじゃないかとワタクシは思っているのですよ」


 え?

 それってどういうこと?

 僕は彼の口ぶりが気になって続きを聞こうと思ったけれど、そこでキャメロン少年は腕時計に目をやった。


「おっと。こんな時間ですか。すみません。次のアポイントが入っておりまして、遅れるわけにはまいりませんので、ここで失礼させていただきます。皆様。悪魔との戦闘イベント、ご武運をお祈りしていますよ」


 そう言うとキャメロン少年は僕らに一礼し、足早に立ち去って行った。

 彼らの後ろ姿を見ながら僕らはアタッシュケースを持ったまま、後ろを振り返ってジェネットとアリアナを見る。

 彼女たちは少し心配そうに僕を見ていた。


「アル様。ご無理をなさっていないですか?」

「そうだよアル君。銃なんて……」


 2人の言いたいことは分かる。

 手にした銃は思っていた以上にズシリと重い。

 でも僕は自分の胸の底にある気持ちを無視できないんだ。


「僕……戦うのは好きじゃないし、性格的にも能力的にも向いてないって分かってる。でも、もしジェネットやアリアナが目の前でピンチになったとして、そんな時に何の力にもなれないのは嫌なんだ。タリオがあった時のように皆の力になりたい。僕は……ジェネットのこともアリアナのことも本当に大切だから」

 

 もちろん、この場にいないミランダのことも。

 僕がそう言うとジェネットとアリアナはほほを赤く染めた。

 ぼ、僕が恥ずかしいセリフを言ったから2人まで恥ずかしがらせちゃったかな。


「コ、コホン。そういうことならば、アル様のご決断を尊重いたします」

「い、いいんじゃないかな。私もアル君をサポートするよ。でも実戦に出る前に練習した方がいいんじゃない?」

「そうですね。ミシェルさんにお願いしてどこか適した場所を貸してもらいましょう」


 そう言ってくれる2人に感謝し、僕はアタッシュケースを手に部屋へと戻って行った。

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