第5話 戦闘準備!

 城下町に到着した僕とヴィクトリアは王城に入る前に街の中を歩き、ある店に向かっていた。

 ヴィクトリアのNPC昇格試験が行われる闘技場は王城の地下にある。

 そこに向かう前に戦闘に向けた準備を整えておく必要があった。

 そして、ここまで向かう荷馬車の上で僕は、ヴィクトリアとノアがこれまで対戦した戦闘映像を繰り返し見続けたんだ。


 竜人ノア。

 彼女はプレイヤーの競争相手となるライバルNPCだった。

 その姿はヴィクトリアの言葉通り、まだ6~7歳くらいの幼い女の子にしか見えない。

 戦闘時に竜人化すると、体中が金色に輝くうろこに覆われるけど、背丈は変わらず、その姿はおおむねかわいい少女のままだ。


 なるほど。

 この姿を相手に殺気を込めて武器を振るうのがヴィクトリアは難しいんだな。

 ミランダだったら平然と暗黒魔法を撃ち込むだろうけど。


 ノアの金のうろこは鎧の役割を果たしていて、その特殊な表面が物理的な攻撃を無効化してしまっている。

 敵の刃はそのうろこの上を空滑からすべりしてしまうようで、まともに当たることは少ない。

 当たったとしてもそのウロコの頑強さは異常なほどで、与えるダメージはわずか1。

 その代わりライフの総量はわずか7と極端に少ない。

 さっきヴィクトリアが言っていた通りだな。


 そして僕が見た戦闘映像の中で結局、ヴィクトリアの振るうおのは一度たりともノアに直撃しなかった。

 それは前述の理由からヴィクトリアが全力の気合いを込めてノアを攻撃できずにいることも要因なんだろう。

 これでは10戦10敗もやむを得ない。

 魔法を使えないヴィクトリアとの戦闘記録では物理攻撃に対するノアの耐性しか見られなかったけれど、恐らく魔法に対しても彼女のうろこは同様の耐性を見せるだろう。


「ねえヴィクトリア。ノアを倒した人はどうやって彼女に勝ったんだろう」


 ここに来るまでに僕は映像記録だけじゃなく、ヴィクトリアが見せてくれたノアについての資料に目を通しておいた。

 彼女の装備、スキル、各種能力値などの基本データ。

 そして過去にヴィクトリア以外のキャラと戦ったノアの戦績。

 ノアだって100戦無敗ってわけじゃないんだから敗北する時もある。

 ただ映像記録はヴィクトリアとの対戦以外のものが残されていなかったから、参考にできるものは少なかった。


「さあな。アイツも無敗ってわけじゃねえから、勝てる奴もいるんじゃねえの。地道にダメージを与えつつ粘り強く戦闘を続けることの出来る熟練のキャラなら勝てるだろうさ」


 う~ん。

 ノアを倒したいと言っている割に、ヴィクトリアはノアの研究に熱心じゃないような気がするなぁ。

 さっきまでノアの情報を調べる僕の姿をヴィクトリアは物珍しそうに見ていたし。

 そんな彼女を不思議に思い、僕はたずねた。


「今までもこうしてノアのことを調べなかったの?」

「んな面倒くせえことしねえよ。アタシは気合いと根性とその日のフィーリングで戦うクチなんだ」


 み、見た目にたがわず豪快な人だなぁ。

 まあ、これたけ腕っぷしが強ければ、あれこれ余計なことを考えずにそうしたくなるのも分かるけど、その結果が対ノア戦の10連敗じゃないんだろうか。

 敵を知り己を知れば100戦危うからずって言うくらいで、敵を知らなければどんなに強い人でも勝率は下がるだろう。

 でも、短い時間だったけどノアのことを調べられたおかげで、僕はヴィクトリアとノアの再戦に向けて頭の中でイメージを描くことが出来るようになった。


 僕、普段からやみ洞窟どうくつでミランダとプレイヤーとの戦いを見続けているから、おかげで戦闘についてはちょっと目が肥えていた。

 自分で戦うことはそんなに得意じゃなくても、ヴィクトリアがノアを攻略する青写真を描くことは出来る。

 もちろん上手くいくかどうかは、やってみなければ分からないけどね。

 だから僕はヴィクトリアにある提案を申し出た。


「王城の闘技場に行く前に城下町で買い物したいんだけど、いいかな?」


 僕がヴィクトリアにそう言うと彼女は怪訝けげんな顔をする。

 予想通りのリアクションだ。

 

「ああ? 買い物? アタシらは遊びに行くんじゃねえんだぞ」

「ノアを倒すために必要なアイテムを購入したいんだ」


 NPC転身試験の規約によると、試験には1チームで7個までのアイテムを戦闘に持ちこんでいいことになっている。

 回復や戦闘補助のアイテムをうまく使えれば戦いを有利に進められるはずだ。

 僕の言葉にヴィクトリアは意外そうな表情を見せた。


「ノアを倒すアイテム? そんな都合のいいもんがあるのか?」

「そのアイテムだけじゃもちろん倒せないよ。でもそれを使うことで君の戦力がアップする……いや、本来の力を出すことが出来るようになるかもしれない。そういうアイテムに心当たりがあるんだ」


 僕がそう言うとヴィクトリアの顔に希望の色が差し、彼女は二つ返事でうなづいた。


「そうか。それなら構わねえが試験開始まであと2時間だ。あまり悠長にしてる時間はねえぞ」

「大丈夫。もう買うものは決まってるから。タリオはないけれど、とにかくやれるだけやってみよう」

「分かった。そういうことなら好きなだけ買えよ。ノアに勝てるなら金はアタシがいくらでも出してやる。ただし……ノアに勝てなかったら全額おまえに請求書を回すからな」


 仕事に失敗したら、かかった経費は全額自腹!

 ブラック企業か!

 うぅ。

 プレッシャー半端ないよ。

 でもここまできたらやるしかない。

 ノアに勝ってヴィクトリアから解放されて早く家に帰ろう。


 それから城下町の中を回った僕らはあらかじめリストアップしておいた各種アイテムを購入し、いよいよ闘技場へと向かった。

 え?

 何を買ったのかって?

 それは後で見てのお楽しみ。


 その道すがら、僕は何となく気になったことをヴィクトリアにたずねてみた。

 

「それにしてもそんな苦手な相手なのに何で10回も戦うことになったの? リベンジのため?」


 普通に考えれば、そこまで相性の悪い相手に固執するのは効率が悪い。

 そこまで敗北を重ねてもなおノアに挑むってことは、やっぱり心情的にどうしてもあきらめがつかなかったんだろうか。

 僕の問いにヴィクトリアはかつて繰り返した敗戦を思い返したのか、苦い表情を浮かべた。


「ご主人も最初の2、3回はそんな気持ちだったけど、後は向こうから絡んできたんだ」

「ノアのほうから?」

「そうさ。こっちが苦手としているってことは向こうにとっちゃお得意様ってことだ。それにアイツはNPCのくせに自分のレベルとランク上げに貪欲でな。Aランクのアタシを倒すと、まとまった経験値が入るから、アイツにしてみればアタシはそれはそれは旨味のある獲物なんだろうよ。腹立たしい」


 そう言うとヴィクトリアはむくれてスタスタと歩調を早める。

 彼女の言うように、このゲームでは戦闘に勝利して経験値を得るのは何もプレイヤーばかりじゃない。

 NPCも同じなんだ。

 だからNPCがプレイヤーとの戦いに勝利すると経験値を得てレベルやランクが上がっていく。

 レベルはそのキャラの強さを表していて、ランクはキャラの格付けを示している。

 高レベルかつ高ランクのキャラこそが本当に優れているってことなんだ。

 

 まあ要するにヴィクトリアはカモにされていたってことか。

 それが彼女にとっては忌々いまいましいことこの上ないわけだ。

 なおかつ今回はヴィクトリアの運命を左右する一戦となるから、対ノア戦にヴィクトリアが躍起になるのも無理はない。

 それこそ僕の手も借りたいほどに。


 衛兵の許可を得て入った王城の中を歩き、地下にある闘技場の前に立ったヴィクトリアは隣に並び立つ僕に声をかけてきた。


「おまえ。武器はその槍でいいのか? 城下町でもうちょっとマシなもんを買うことも出来たろ」

「うん。これでいいよ。タリオ以外はまともに使ったことないし、慣れない武器を持ってもどうせ使いこなせないから」


 僕がそう言うとヴィクトリアはそれもそうだと肩をすくめる。


「ま、防御力最強のノアを相手に生半可な武器なら何でも同じか。アタシとしちゃ、おまえが土壇場でタリオを呼び寄せてくれることをまだ期待してるんだが。お前は追い詰められると奇妙な力を発揮するって話だしな」


 確かに僕にはそういう変なくせがある。

 でもそれもタリオがあってこそのことだ。

 タリオのない今の僕にそんなこと期待されても困るよ。

 僕自身も期待してないし。


「作戦通りにいけばタリオなんて必要ないよ。ヴィクトリアの力でノアを倒せる。僕はオマケみたいなもんだから」


 僕の言葉にヴィクトリアはうなづいて拳を握り締めた。

 その顔に戦意がみなぎっていく。


「もうここまできたら後戻りはできねえ。せいぜい戦闘開始早々にゲームオーバーにならないでくれよ。相棒」


 ヴィクトリアがそう言い終わらないうちに僕らの目の前のゲートが開き始めた。

 いよいよ始まる。

 ヴィクトリアのNPC昇格を賭けた、宿敵・竜人ノアとの戦いが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る