第4話 竜人ノアにはかなわない

 長身女戦士ヴィクトリア。

 キャラクターのランクは最上級のA。

 特に接近戦においては無類の強さを誇る彼女が、10回戦ってただの一度も勝てない相手がいるという。


「竜人ノア。それがそいつの名前だ」

「竜人……ドラゴンに変身するっていうあの竜人?」


 直接見たことはないけれど聞いたことはある。

 竜人という種族は普段は人の姿をしているけれど、戦う時は獰猛どうもうな竜の姿に変身して相手を喰らい尽くす。


「ノアの奴は少し違うけどな。あいつは半竜半人のような姿になる。背丈は人の時と変わらないが体中が竜の鱗に覆われて、長い尾を生やしてやがる。竜と違って武器を手に取って戦うことが出来るんだが、忌々いまいましいことに竜のようなブレスを口から吐き出すんだ」


 なるほど。

 竜と人とのいいとこ取りなんだね。

 なかなか魅力的なキャラクターだ。

 

「強そうだね。でももしタリオの能力があったら、そのノアって人に勝てる可能性があるってこと?」

「……可能性はある。竜人状態になったノアは物理攻撃に対して防御力がムチャクチャ高くて、魔法もほとんど効き目がない。その代わりにライフゲージが極端に少ないんだ。最大ライフはわずか7」

「7?」

「ああ。だがダメージは1ずつしか与えられないから、それでも倒すのは難しいんだ」


 へぇ。

 珍しいタイプだな。

 僕はたるの縁に両腕をかけてヴィクトリアの様子を見つめながら、彼女の話に耳を傾け続けた。


「そして奴は攻撃力が高い。正直言ってイヤな相手だ。でもだからこそタリオの特性によって自分の攻撃を報復ダメージとして受けると、少ないライフゲージが枯渇こかつして一発でゲームオーバーになるはずなんだ」


 確かにそう考えると、タリオを装備して戦うのが効果的だろう。

 でも現実問題としてタリオは僕の手元にない。

 仮に運営本部に事情を説明したとしてもタリオの使用許可は簡単には下りないだろう。

 ましてや今からあと数時間のうちにタリオを取り戻すなんてとても無理だ。


 じゃあどうするか。

 タリオがないことを嘆くんじゃなく、それでも勝利への道を模索すべきじゃないか?

 1人の人間がウンウンと頭をひねり悩んでそれでも解決できない問題が、他者が手を貸すことで意外なほど簡単に解決することも世の中にはある。

 色々な角度から考えれば何か可能性が見えてくるんじゃないだろうか。


 ランクAのヴィクトリアが10回対戦して10回負ける。

 それは明らかに何らかの原因があるとしか思えない。

 ちなみにヴィクトリアは過去2回、やみ洞窟どうくつを訪れて魔女ミランダに挑戦したけれど、いずれも敗北している。

 あまり詳細までは覚えていないけれど、僕もその戦いを目の前で見ていた。


 接近戦を得意とするヴィクトリアに対し、ミランダが魔法による中距離~長距離戦闘を徹底したため、ヴィクトリアは戦闘の主導権を握れないまま敗北した。

 それでも恐らくヴィクトリアとミランダが10回対決すれば5勝5敗くらいのイーブンの戦績に落ち着くと思うんだ。

 このゲームは魔法が使えるキャラのほうが絶対有利ってわけじゃないから。

 

 ノアのことは知らないから何とも言えないけれど、仮に接近戦タイプだろうと長距離戦タイプだろうと、ヴィクトリアが一方的に負けるというのはちょっと不自然だ。

 そう考えた僕はたずねてみた。


「10戦10敗ってことは明らかに相性の悪い相手だけど、いくら防御力が高くてダメージが1ずつしか与えられないとしても、それだけの相手だったら勝つことは不可能じゃないよね。ヴィクトリア自身はノアに勝てない理由は何だと思ってるの?」


 僕がそう言うと、そこで初めてヴィクトリアが伏し目がちになって言いよどむ。

 やっぱり何か理由があるんだ。

 彼女自身もそれを分かっているけれど、多分言いにくい理由なんだろうな。

 やがて観念したのか、ヴィクトリアはバツが悪そうに口をとがらせながら言う。


「……ノアは見た目が幼児なんだ。あどけない感じの。そんな姿の相手をアタシのおのでぶった斬るってのはご主人も出来なかった。甘いってのは分かってるがアタシも同じだ」


 なるほどね。

 かわいいキャラ、特に子供の姿のキャラに対して心理的に攻撃しにくいって人は多い。

 ヴィクトリアのノアに対する相性の悪さの根本の原因はそこにあるのか。


「まあ、でもそれは分かるよ。僕も相手が女性だと若干戦いにくいし。そういうのって理屈じゃないよね」

「だろ? そうだよな? あの竜人娘。そこを分かって絶対に計算ずくでやってやがるよ」


 僕の言葉にヴィクトリアは救われたようにパッと笑顔を見せる。

 見えてきた部分はある。

 ヴィクトリアはノアとの戦いでは自分の本来の強さを発揮できないんだ。

 でもまだだ。

 これだけじゃ情報が圧倒的に不足してる。


「ねえヴィクトリア。過去10回のノアとの戦闘って映像記録とか残ってるの?」

「え? ああ。残ってるけど……」

「それ見せてよ。ノアがどんな戦い方をするのか見ておきたいし」


 僕がそう言うとヴィクトリアの表情が変わった。

 穏やかだけど厳しい顔つきで彼女は言葉をつむぐ。


「……絶対に負けられないって言ったのは単なる意気込みでも強がりでもねえ。切実なんだ。だからアタシはタリオの能力を欲した」


 そう言うと彼女は両手で僕の両肩をゆっくりとつかむ。

 痛くはないけれど彼女の本気が伝わってくるような、そんなつかみ方だった。


「戦いに絶対はないことは当然分かってる。だけど今日だけは何が何でも勝たなきゃならないんだ。おまえがタリオを使えないなら、それに代わる材料が欲しい。本気で勝利を手繰り寄せるだけの材料がな。おまえはそれをアタシに提供することが出来るか? 本気でアタシにくみする気があるか?」

「ヴィクトリア……」


 僕は息を飲んだ。

 彼女の言葉の真意は僕にも分かる。

 拉致らちされて脅されて協力させられている僕だけど、怖いから協力するフリをするだけならいくらでも出来る。

 ヴィクトリアはそんなことを望んじゃいないんだ。

 タリオという虎の子の手段が使えない以上、彼女が僕に本気を求めるのは当然のことだった。


 彼女は本当に切羽詰まっている。

 そして僕もかつてそういう戦いを経験した。

 ミランダを救うために上級兵士のリードと命懸けで戦った。

 友達を守るために破壊の女神セクメトと戦った。

 それは僕にとって紛れもなく絶対に負けられない戦いだったんだ。

 だから僕はヴィクトリアの本気を感じ、その気持ちに共感することが出来た。

 負けられない戦いを前にして、おそらく不器用なヴィクトリアは僕をこうして無理やり仲間にするほかに方法が思いつかないほど追いつめられていたんだろうね。


 正直言って今日会ったばっかりのヴィクトリアに対して特段の義理はないけれど、彼女が本当に困り果てていることだけは僕にも分かる。

 そんな窮地に陥ってる人を見捨てるのはいい気分じゃない。

 僕自身、かつて困窮しているところを友達に救われたから、助けが必要な時に手を差し伸べられることのありがたさは身に染みて分かっている。

 僕の腹の底にひとつの覚悟が固まった。


「分かった。タリオは使えないけれど、君が絶対に勝てるよう僕は全力を尽くすよ。竜人ノアに必ず勝とう」


 そう言うと僕は彼女の瞳を真正面から見つめ返した。

 ヴィクトリアもじっと僕の瞳を見つめ、それからフッと笑った。


「ま、協力しないとオマエ、アタシに殺されるもんな」

「皮をがれるのは勘弁してもらいたいからね」


 僕らはそう言って笑い合った。

 それからヴィクトリアが少し恥ずかしそうに目を逸らしながら言う。


「きょ、協力したら約束通りちゃんとサービスしてやるから」

「そ、それはいいから! 別にそれを期待して協力するわけじゃないから!」 

「何だと? そりゃ何か? アタシじゃ不満だってのか!」

「ち、ちがっ……そういう意味じゃ」

「この野郎!」

 

 顔を真っ赤にして激昂したヴィクトリアが僕の首に腕を回してヘッドロックをかけてくる。

 いでででっ!

 く、苦しいっ!

 そしてヴィクトリアの豊満な胸が僕のほほに思い切り押し当てられる。

 あ、当たってる当たってる!

 

「オラッ! どうだ! これでもアタシじゃ不満か!」

「そ、そんなことはないです。ないけど放して。うぐぐ……」

「フンッ! 前金代わりに取っておけ! これでおまえはもうアタシに協力せざるを得なくなったな!」


 そう言うとヴィクトリアは僕をそのままたるから引きずり出して荷台にドカッと座らせた。

 そしてその隣に腰を下ろすと勝気な表情で手綱を握り締める。


「よし。じゃあ行き先変更だ。王城に引き返すぞ!」


 そう言って彼女は馬車馬にむちを入れる。

 NPC転身試験が行われるのは王城の中の闘技場だ。

 さっき王城を訪れたばかりの僕だけど、計らずもトンボ帰りをすることとなった。

 全てが終わるまではやみ洞窟どうくつには戻れないけれど、僕はこの乗りかかった船を最後まで送り届ける覚悟を決めて、前方に見える王城の遠景を見据えた。


 覚悟は決まったけど、心配なことが一つだけある。

 ……後でミランダに怒られるだろうなぁ。

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