第2話 だってアタシはNPCじゃない

「ヴィクトリア……君、もしかして何か悲しいことがあったの?」

「え……?」


 僕の言葉に長身女戦士ヴィクトリアはほんのわずかに驚きの表情を見せた。

 僕を見る彼女の目が徐々に大きく見開かれていく。

 やっぱり……何かあったんだ。

 僕がそんなことを考えていると、ヴィクトリアはいきなり僕の腰の辺りをガシッと両手でつかんだ。


「ひえっ! な、何?」

「お、おまえ……」


 ヴィクトリアは僕の腰回りを凝視してから、その瞳を不安で揺らしながら恐る恐る僕にたずねた。


「おまえ……呪いの蛇剣タリオはどうした? 何でタリオを装備してないんだ?」

「えっ?」


 驚いて目を見開いていたのはそれかよ!

 僕は思わず拍子抜けして溜息ためいきをついた。

 はぁ。


 呪いの蛇剣タリオ。

 それは元々ミランダを倒したプレイヤーが報奨品として得られるレア武具「呪いシリーズ」の一つで、紆余曲折うよきょくせつあって僕の装備品となった剣だった。

 それを装備したことで僕は奇妙な力を次々と獲得し、自分でも信じられないほどの戦績を挙げることが出来たんだ。

 だけど……。


「今は運営本部に取り上げられてて、僕はタリオを装備することが出来ないんだ」


 そう。

 僕があの剣を装備すると奇妙な能力に次々と目覚め、それこそ反則チート野郎になりかねない。

 このゲームに与える影響も大きいため、その危険性を考慮して今は運営本部がタリオを管理しているんだ。

 僕はもちろん、ミランダでも自由に手にすることは出来ない。

 そんな僕の話にヴィクトリアはアングリと口を開けた。


「えええええっ? ウソだろ?」

「い、いや。本当だよ。だからさっきも言った通り、今の僕はただの下級兵士でしかないんだ。悪いんだけど戦闘には大して役立たな……いっ?」


 そう言い終わらないうちにヴィクトリアは僕のアゴをグワシッとつかんだ。


「てめえ! アタシが分からないと思ってテキトーなウソついてやがんだろ!」

「あがが……う、ウソじゃないって」


 僕は仕方なくアイテム・ストックの中身を全て彼女に開示してタリオを隠し持ったりしていないことを証明した。

 それを見たヴィクトリアはまだ疑いの目を僕に向け、僕のアゴをつかむ手に力を込めた。


やみ洞窟どうくつに置いてあんだろ? おまえの部屋とかミランダの祭壇さいだんとか」


 こ、この人。

 なかなかあきらめてくれないし、何か強引だなぁ。

 それにどうもあせってるみたいだぞ。

 

「な、ないって。っていうか何でそんなにタリオが欲しいの?」

「欲しいのはタリオじゃねえ。タリオを装備したおまえだ」

「へっ?」


 そ、そんなに必要としてくれると何だか照れちゃうけど、でも僕の部屋や洞窟どうくつの中にもタリオがないのは事実なんだ。

 

「本当にないんだよ。申し訳ないけど。神に誓って」

「……それじゃあ困るんだよ」

 

 今の今まで強気の表情を見せていたヴィクトリアが、ふいに力なく目を伏せて肩を落とした。

 困る……やっぱり困ってるんだ。

 

「ねえ。一体何があったの? どんな事情があるのか話してくれないかな」


 僕がそうたずねるとヴィクトリアは何かを話そうとしたけれど、思い直したように首を横に振った。

 そして僕を拘束しているなわつかんで力任せに僕を引き立たせた。

 イタタタタッ。


「チッ! とにかくこのままやみ洞窟どうくつまで行くぞ!」

「ええっ? 洞窟どうくつに? 何で?」

「タリオは元々ミランダの持ち物なんだろ? じゃあミランダに直談判じかだんぱんしてやる。運営本部に掛け合ってタリオを出させろって」


 その話に僕は唖然とした。

 いやいやいや、ダメだろソレ。

 とんでもないことになるぞ。

 着火した花火を持って火薬庫に突撃するようなもんだ。



「ぜ、絶対やめたほうがいいって。ミランダがハイ分かりましたって言うわけないし」


 それどころかミランダのことだから激昂して大ゲンカになることが目に見えてる。

 僕はわざわざそんな厄介やっかいごとの火種を持ち帰りたくなくて必死にヴィクトリアを説得しようとするけれど、彼女はまるで聞く耳持たずに僕を引きずって林を出た。


 林の脇の街道には一台の荷馬車が停めてあって、ヴィクトリアはその荷台に積まれた空きだるの中に僕を無理やり押し込んだ。


「ここに入ってろ!」

「うげっ!」


 上からフタを閉められ、僕の視界は暗闇に染まった。

 まるで僕の行く末を暗示しているかのように……ってそんな不吉なモノローグで気取ってる場合じゃない。

 縛られたまま身動きの取れない僕はたるの外に向かって声を上げた。


「ヴィクトリア。こんなことしても状況が好転するなんて思えないよ。良かったら事情を話してくれないかな? こんなやり方しなくても何か力になれるかもしれないし……」

「うるせえっ! 黙ってろ!」


 ひえっ!

 意固地になっているヴィクトリアにピシャリと怒鳴りつけられて僕はすくみ上がったまま固まるほかなかった。

 それきり彼女は黙り込み、やがて荷馬車が進み出す。

 それからほどなくしてヴィクトリアはポツリと言葉を漏らした。


「……分かってるよ。こんなの馬鹿なやり方だって。でも他に方法なんて分からねえんだ。だってアタシはNPCじゃないんだから。おまえらみたいに明確な役割を持っているわけじゃねえ。……少し前までプレイヤーだったんだから」


 それは無力感の漂う、そしてとても寂しげな声だったんだ。


「ヴィクトリア……」

「ただの独り言だ。黙って聞き流せ」


 僕は返事をせずに静かにうなづくと、暗いたるの中で彼女の独り言に耳をませた。

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