だって僕はNPCだから 3rd GAME

枕崎 純之助

序章 栄光のホログラム

 こんにちは。

 僕、アルフレッド・シュヴァルトシュタインです。


 今日も僕はこのやみ洞窟どうくつで、王国の下級兵士としていつもの任務にいそしんでいます。

 前回までのお話を知っている人もいると思うけど、僕はこのゲーム世界の片隅で一人のNPCとしてひっそりと……


「こらっ! アリアナ! 私の許可なく永久凍土パーマ・フロストを出すなって言ってんでしょ! 寒いっつうの!」

「だ、だって、さっきの戦闘バトルでミランダが黒炎弾ヘル・バレットを撃ちまくるから気温が上がって暑いんだもん。私、暑いの苦手なのよぅ」

「だったら出て行け! ここは私の洞窟どうくつよ。あんたは北の果てに行って氷の国にでも住めばぁ?」


 ……ひっそりと過ごしているはずだったんだけど、最近は隣人が増えて、良くも悪くもあまり静かな暮らしではなくなっている。

 元々このやみ洞窟どうくつには、主であるやみの魔女ミランダと、彼女を見張る王国の下級兵士であるこの僕の2人だけが常駐していたんだ。

 でもそれから色々とあって、今では光の聖女ジェネットと氷の魔道拳士アリアナという2人の少女も共に暮らすこととなり、だいぶにぎやかになっていた。


 え?

 女子3人と暮らすなんて、随分ずいぶんなリア充ぶりだって?

 いやいや分かってないな。

 そりゃ彼女たちが普通のか弱い女の子だったらそうかもしれないけれど、3人とも恐ろしいほど腕の立つ達人だし、何と言うか三者三様でちょっとズレてるところがあるから、一緒にいると色々苦労もあるんだよ。

 とにかく彼女たちは僕みたいな凡人には手に余る強烈な個性の持ち主なんだ。

 

 今だってああして気の強いミランダが気弱なアリアナを口うるさくとがめ立てている。

 実は今から15分くらい前に一人のプレイヤーがここを訪れてミランダに挑戦したんだ。

 これに対してミランダは彼女の得意とする暗黒魔法・『黒炎弾ヘル・バレット』を盛大に乱射して、そのプレイヤーを返り討ちにしてみせた。

 燃え盛る炎の球が洞窟どうくつ内の壁、地面、天井を焼いて気温が上昇し、氷の魔道拳士であるアリアナが暑さに悲鳴を上げながら巨大な氷のかたまりを出現させたんだ。

 彼女の得意魔法であるフィールド系魔法の『永久凍土パーマ・フロスト』は1メートル四方の氷塊で、それが出た途端に放出される冷気で気温がグッと下がり、アリアナはホッと人心地をついたところだった。

 で、さっきのミランダの怒声ってわけ。


 黒衣に身を包んだミランダが金色に輝く目を光らせて牙をむき、青い道着に身を包んだアリアナが群青ぐんじょう色の瞳を不安げに揺らして身をすくめる。

最近わりとよく見る光景だ。

 そんな風にミランダとアリアナが騒いでいると、奥の部屋から大きな平たい箱を両手に抱えたもう一人の少女が歩いてきた。


「騒がしいですよ二人とも。アル様がお困りですから静かにして下さい」


 純白の法衣に身を包んだ清らかなその女性は、温かみのある茶色い瞳を騒いでいるに二人に向けながらそう言った。


 彼女は光の聖女ジェネット。

 僕の大事な友達の一人だ。

 僕はそんな彼女が大事そうに抱えている箱に目を止めた。

 何だろアレ?


「ジェネット。その荷物どうしたの?」


 僕がそうたずねるとジェネットはニコリと微笑み、その箱をその場に置く。

 そして手際よくそれを開封していくと、中から出てきたのは立派な大理石で出来た一枚の板だった。


「これは先日、破滅の女神セクメトの凶行を止め、砂漠都市を救った功績として運営本部から私達へ贈られた品です」


 そう。

 少し前に僕とミランダとジェネット、そしてアリアナの四人は砂漠都市ジェルスレイムで、ゲーム・システムをも破壊する恐ろしい敵・破滅の女神セクメトと戦い、命からがらこれに勝利したんだ。

 その御褒美ごほうびなんだろうけれど、あれは一体何に使う板なんだろう?

 僕とジェネットがそんな会話を交わしていると、騒いでいたミランダとアリアナもこちらに近寄って来た。

 

「運営本部が私達に?」

「フンッ。連中からの贈り物なんてどうせロクなもんじゃないわよ。送り返してやりなさい」


 そう眉を潜めるアリアナとミランダだったけど、ジェネットはスッと手を伸ばして板の表面に触れた。

 するとその板上に緑色の光が走り、板の上に見る見るうちに四つの人影が浮かび上がる。


「おおっ」


 僕は思わず声を上げた。

 台座の上には本物と見紛みまがうほどの精巧なビジュアルで等身大のミランダとジェネットとアリアナ、そして僕の姿が3Dホログラムとして映し出されていた。

 そ、そうか。

 この板はホログラムを映し出すための台座なんだ。


「私達の姿を映した記念品ですね」


 そう言うジェネットの言葉を聞きながら僕らはマジマジと3Dホログラムを見つめた。

 ホログラムは左からミランダ、ジェネット、アリアナと並び、彼女たちが手に手を取り合って戦っているシーンなんだけど……何か違和感があるなぁ。

 この三人が手を取り合ってこんな互いを気遣きづかうような表情で、って何か美化し過ぎているような……特にミランダの表情が妙に優しげなところが。

 戦ってる時のミランダはもっとこう、牙をむき出しにしたような怖い顔ですから!

 あともう一つ気になる点がある。


「……何で僕だけそんな隅っこなんだ」


 三人が勇ましく戦う一方、僕は端の方で四つんいになりながら情けなく泣き叫んでいる。

 そこは現実的!

 何でそこは美化しない!

 いや実際ありそうだけど、そこだけリアルを追及してないで、もっと僕を勇ましい姿にしなさいよ。

 そんなホログラムを見ながらジェネットはふむふむとうなづいている。


「なるほど。これは台座に触れた者のイメージをホログラム化するものなのですね。では……」


 そう言うとジェネットはもう一度台座の表面に手を触れてみる。

 途端にホログラムが別のものに書き換わった。

 それはジェネットと僕が中心となって勇ましく戦いにおもむく場面だった。

 それはいいんだけど問題なのはミランダとアリアナがまるで従者のようにこうべを垂れて後ろからついてくるところだった。


「これはいいですね。私とアル様の巡礼の旅ってところでしょうか。素敵です」


 ジェネットは満面の笑みを浮かべてそう言うが、これを見たミランダとアリアナは当然黙っちゃいない。


「ちょっとジェネット! 何で私があんたの子分みたいになってんのよ! ふざけんなっ!」

「ひどいよジェネット。私、一番下っ端の扱い……」

「まあまあ。あくまでもイメージですよイメージ。ふふふ」


 悪びれることなく涼しげに笑うジェネットに、ミランダは憤然として台座の前に歩み出る。


「私に貸してみなさい!」

「あっ! 何を……」


 ジェネットを押しのけてミランダが台座に手を触れると、再びホログラムが変化する。

 次に現れたのは中央でミランダが仁王立ちし、傲然ごうぜんと高笑いをしているものだった。

 後方にはジェネットとアリアナが正座をさせられている。

 せ、正座って。

 二人ともまるで反省させられているみたいな表情だ。

 そして僕は……。


「ブッ!」


 あろうことか僕は首輪に繋がれ、ミランダの足元に伏せていた。

 完全に犬!

 そ、そりゃあ世間様からはすっかり魔女の犬などと呼ばれていますが……。

 ホログラムのミランダは僕の首輪から延びる鎖を握り、喜色満面だ。

 黙っていられず僕は断固抗議した。


「ひどいよミランダ! いくら何でもこんなのって……」

「え? 何よ。あんたまさか…………首輪の色が気に入らないっての?」


 そこじゃねえよ!

 誰が首輪の色を気にしてんだよ!


「じゃなくて首輪も鎖も犬扱いも全部ひどいよ」

「え? そこ? そこ気にするとこ?」


 そこだよ!

 気にするべきとこはそこしかないだろ!

 何キョトンとしてんだよ!

 当たり前のように僕を犬と思ってんじゃないよ。

 まったく。


「あんた別にイケメンキャラじゃないんだから、首輪してようが犬扱いだろうがどうでもよくない? 自分をちょっとブサカワ……じゃなくてブサキモな着ぐるみだと思えばいいんじゃないの?」


 なぜブサカワをブサキモに言い直した。

 ブサキモって何一つプラスイメージがないんですが。


「ミランダ。アル君は犬じゃないよ。もっとカッコイイ扱いにしてあげてよ」

「そうですよミランダ。アル様に失礼です」


 正座ポーズの屈辱を受けた女性陣2人も僕に加勢してくれる。

 いいぞ!

 この無礼な魔女にもっと言ってやれ!


「アル君は顔がイマイチなだけで、心はイケメンだよ!」

「そうです。見た目の冴えなさを補って余りある美しい心の持ち主ですよ。アル様は」


 ありがとう。

 二人の気持ちは十分に伝わった。

 そして僕のルックスが相当イケてないことも読者の皆様に十分に伝わった。


「それより次は私の番ね」


 そう言うと今度はアリアナが台座のセンサーに触れて自分のイメージをホログラムに投影させた。


「はあっ? アル。何よこれ」

「アル様……どういうことでしょうか」

「あ、アリアナ? これは一体……」


 現れたそれに僕とミランダとジェネットは同時に声を上げる。

 いや、これ、だって……。

 アリアナのイメージによって現れたのは、目を閉じている彼女を僕が背後から抱き締めているものだった。


 ホログラムの僕は抱きしめたアリアナをいつくしむような表情をしていて、抱きしめられたアリアナは恥じらいにほほを赤く染めている。

 唖然とする僕らの前で、アリアナは恥ずかしそうにモジモジしながら口を開く。


「ジェルスレイムで消された私を復活させてくれた時、確かアル君がこんな感じだったかなぁって」

「違います! こんな感じは一切なかったからね?」

「そうだっけ?」

「そうだよ。これじゃ僕が君にセクハラしてるみたいじゃないか」


 誤解されるのでやめて下さい。

 あせる僕の両肩が背後からガシッとつかまれた。


「アル」

「アル様」

「ひいっ!」


 当然、ミランダとジェネットだ。

 彼女たちの怒声が僕の鼓膜こまくをビリビリと震わせる。


「アルッ! あ、あんた、あの時いつの間にかアリアナとこんなことしてたの? こ、この変態ドエロNPC!」

「アル様! こ、こんな破廉恥はれんちなこと私が、いえ神が許しませんよ! 悔い改めていただかないと」


 セクメトとの激闘の後、不思議な雨によって復元していく砂漠都市で僕がこんなセクハラチックなことをしていたと思ったのか、2人とも物凄い剣幕で僕をにらんでいる。

 こ、殺されそうなんですけど。


「いや二人とも落ち着いて。これはただのイメージだから。アリアナ。あの時、僕こんなことしてなかったでしょ。よく思い出して?」


 必死にそう言いつのる僕にアリアナは首をかしげた。


「う~ん。あの時の記憶が曖昧あいまいなんだよね~。私、復活したばかりだったし」

「そ、そんな……マ、マジですか」


 唖然とする僕にミランダとジェネットが詰め寄ってくる。


「なるほど。アリアナが意識朦朧もうろうとしているすきに犯行に及んだわけか。とんだド外道にちたわね。アル」

「アル様。道を踏み外してしまいましたね。残念ですが懲罰ちょうばつが必要です」


 こらこらこらぁ!

 二人とも武器を手に持つな武器を!


「くっ! あんたは要領悪くて度胸も財産もないブサイク男だけど、卑怯な真似まねだけはしないと信じていたのに!」

「くっ! アル様はお顔も冴えず服装も地味でモテ要素ゼロのヘタレ男ですけど、卑劣な行いだけはしないと信じていたのに!」


 お願いだから他のことも信じて!

 というか二人とも、ジェルスレイムでアリアナがよみがえった時、その場にいたはずでしょ。

 僕がアリアナにそんなことしてないのは知ってるはず……そうか。

 このホログラムのせいで正常な判断力を失っているんだな。

 そう思い、僕は台座の表面にサッと手を触れた。


「えいっ!」

「あっ! アル君せっかく……」


 アリアナの叫びもむなしくホログラムはその姿を変える。

 僕のイメージしたそれなら皆のあるべき姿を正確に映し出してくれるはずだっ!

 僕は自信満々で台座を背に振り返ると、三人の少女たちを見て言った。


「三人とも自分の都合いいようにイメージし過ぎなんだよ。僕だったらちゃんと公平かつ平和的な……」


 そこまで言いかけて僕は三人の少女がアングリと口を開けて唖然としていることに気付いた。

 ん?

 どうかしましたか?


「ア、アル……あんたって奴は」

「アル様……こんなイメージを頭の中に?」

「アル君……私、何て言ったらいいのか」


 僕は彼女たちの異変に気付いて恐る恐る背後を振り返り、そして絶句した。

 そこに映し出されていたのは、各々がセクシーな下着に身を包んだミランダとジェネットとアリアナだった。

 三人とも惜しげもなく肌を晒して扇情的せんじょうてきなポーズをとっていて、それこそ絶対に彼女たちがやらないような仕草だったんだ。

 僕は気が動転して声を裏返した。


「ち、ちがっ……ぼ、ぼぼぼ、僕こんなイメージ一切して無いよ? さ、さっきからこの機械おかしくない? こ、これ不良品でしょ。そうだ! 返品! 返品しないと」


 い、いや本当だって。

 僕、こんなこと考えてないからね?

 いくら僕でもこの状況でこんなイメージは……。

 と、そこで僕は周囲三方を三人に囲まれた。

 彼女たちの顔にはまるで美しい般若はんにゃのような冷えた笑顔が浮かんでいたんだ。


「アル。なるほど。人生に自ら幕を下ろす気になったわけね」

「アル様。最後になりますが何か言い残すことはありませんか?」

「アル君。来世ではマジメな人に生まれ変わってね」


 はわわわわわわっ!


「ちょ、ちょっと待って。違うんだ。これは間違いなんだよ。い、言い訳を、言い訳をさせ……は、はぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 この後、僕はそりゃもう盛大にバキバキのボキボキのメッタメタにされました。

 ごふっ。

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