#039:雄大だな!(あるいは、ジュマンジックあげぇるよ↑ぉ~♪)


「着いた……のか……ついに……」


 老人が如くのしわがれ声は、声帯を「超回復(の副作用である超老化)」されたわけでもなく。


「ええ……でもやっぱり船への耐性マイナス400パーくらいだったんですね……たったの五プフゥンかそこらの航海でしたが、まさか乗る前からずっとえずき通しとわ……もう敵さんに至っては、コレで攻めて来た方が早いんじゃないかとか、そんな風にも思えますねにゃん……」


 さんざえずき倒した結果によるものなのであった……無麻酔で胃カメラを挿入された状態、と言えば想像つきやすいだろうか。えずいてもえずいても、その根源たるものを吐き出せないような、そんなもどかしく苦しい状態。船に乗ろうとするといつもこうなる。というか乗らないように普段は心掛けていたのだが。


「長い……航海じゃった……」


 五分くらいの連絡船ですからまあさくり行けますってば「魔力船」なんで揺れとかも不思議と無いですし、というネコルの言葉と、生まれ変わって、さらに心持ち/気構えまで変化した、今の俺ならば、もしかしたらすんなり克服してんじゃね? とか、あまりに甘い見通しの結果が、この現状である。言葉尻すら老いたような感はあるが、だが、俺はいままさに、決戦の地へと降り立ったのである……


 ここから彼奴の根城たる「渓谷」までは、「30ケルメトラァ」くらいですが、まあ割と道なき道も走破せざるを得ないんで、ちゃかっと仕度整えたら出ましょうねえ、との言葉を残し、いまだふらつく俺の視界の先に延びる白土の道を、とたとたと猫尻が遠のいていく。


 白壁の眩しい、石造りの建物が斜面に沿ってひしめく、雑多なんだか整然としてんだかよく分からねえ街並みだ。この世界にしては珍しく「白」主体のシンプルな色味だが、窓枠やらドーム状に設えられた丸い屋根なんかは、やはり赤・青・黄・緑のこれでもかの原色で彩られている。


 みっしりと密着した建物の隙間が「道」を為しているという、圧迫感を感じさせる作りではあるものの、その道の頭上には細いロープのようなものが向かい合う建物を繋ぐように何本も張り巡らされており、極彩色のさまざまな洗濯物とおぼしき布々が海風を受けてはためいていて、何とも賑やかな雰囲気だ。


 さて。ネコルの奴は「仕度」とか言ったが、残る道程は「30km」か……日帰り登山くらいの装備で挑めばいいのだろうか……いや何か緊張感ないな……「武器」となる「カード」を仕込んだりすればいいのだろうか……だがあまり買い込んで帰りの宿賃とか心もとなくなってもあかんよな……


 など、先々の事を考えてしまったり、どういうテンションで臨むべきかとか、いささか定まらない俺だったが、小径のいくつかを抜けてひらけた場所に出たかと思ったら、まあそこは原色出で立ちの人々がひしめく、一大「バザール」とでも呼ぶべき、活気あふれる市場であったわけで。


 その広場らしきとこのど真ん中に設えられていた、石造りの見上げるでかさの噴水のすぐ際にも、出店のようなカラフルなテントがのし張り出していて、呼び込みの声とか言い値の応酬とかの声がうわんうわんひっきりなしに響いている。


 野菜やら果物、肉を焼いていたり、嗅ぎ慣れない甘い香辛料みたいな匂いも立ち込めていたりで、俺はつい圧倒されて立ち尽くしてしまうのだが。いつの間にか足元に戻ってきていたネコルが、いい時に来ましたにゃん……ここのバザタァルは掘り出し物も多いのですよっ、と意気込んで言うが、お、おお……としか返せずに、そのぷりぷり動く尻の後をのろのろついていくことしか出来ねえ。いいのかこんな緊張感の欠片もない感じで……


 結局陽も傾いて来たので、そこで一泊。残りは7日。ここに来ての平穏生活ライフに逆に戸惑いを隠せねえが、これまでが性急気味過ぎであったとも思える。ともかく体は充分休めた。気合いは凪ぎ気味だが、落ち着いてはいる。


「……ふうっ。いよいよですかね」


 適当に選んだ安宿で、もう面倒くさいから相部屋にしてしまったが、到着直後、その窓際の椅子にひらり飛び乗ったかと思うや「猫」の姿を解いたネコルは、けったいな格好のまま、うん、と双球を強調させながら伸びをしてくるのであり。


「向こうから何か仕掛けてくるっつうことがぱったり止んでよぉ……何つうか、逆に不穏な感じもするんだが」


 ベッドサイドのテーブルに買い込んだ食料なんかを置き、黒マントを脱ぎ去りながら俺はそんな懸念じみたことを吐きつつ、なるべくネコルとは距離を取って二つ並んだベッドの壁際の方へと腰かけるのだが。


 さすがに今日は控えておいた方がいいよな……最後の最後の局面で響いて来たらまずいものな……


「……まあ『七人衆』のうち『六人』がとこを二日で屠っちゃうとですね……少し手を緩めないとというか、向こうから仕掛けるのは愚策と思ってくれたんじゃないですかねぃ……」


 背もたれに体を預けて相変わらず存在感のある双丘を窓から差し込む夕日に晒しながら、ネコルが少しこちらを呆れたような顔で見やってくるが。俺のせいではないことだけは断じて言える……


「……ともかく明日だな。最初は巻き込まれたとんだ災難とか思ってたが、今は何か感謝すら感じるようになってんだよなあ……そこまで思考がいっちまうのもまたおかしいとは自分でも思うんだけどよぅ……」


 紙袋から取り出したガラス(らしき)瓶の中で揺れる琥珀色の液体の水面を見ていたら、そんな言葉が口をついて出ていた。


「銀閣さん……」


「……もちろんお前と会えたってのも……そこにはあってだな……まあ何て言うか……」


 そんな感じで紡ぎ出される俺の言葉はいつも遮られるわけであって。傍らまで音も立てずに接近してきていたその華奢な腰に、治癒してくっついてからは違和感を感じなくなってきていた右腕を思わず回してしまうのだが。


 気体といき液体だえき・あと固体したが交わる感覚に翻弄されながらも、あいや今晩はここまでで止めて置こうと、潤んだ猫目をあまり見ないようにして密着していた体どうしを少し離すものの。


「こ、この世界では希少なる『シャワー』なるモノがこの宿にはあると聞いたのですが……先に浴びます? ……それともあと?」


 熱っぽい上目遣いで、ここに来てあまり触れたくないことを二重ダブルで突きつけてくんのは流石ェ……と思いつつ、あいやそいつぁいいぜ早く寝た方が……と、ベッドの方にそれとなく誘おうとするが。


 ににににおい強めも試すって寸法ですかね私日中猫科なもんでその件に関しましてはけっこうなモン持っとりますぞぉ……とか勝手にいきり立ち始めていくよ怖いよ……


 いやそうじゃなくて、今夜激しい動きで消耗したら明日の決戦に響くかも知れねえからよぉ……と差しさわりない言葉でそれとなくいなし制そうとした。


 それがいけなかった。


 じゃじゃじゃじゃあきょうはわたしがうえでうごきますねそれならだいじょうぶですよね的な事をのたまい始めたネコルの瞳がまた猫科最強のそれに変貌していくよ怖いよ……


 ぎらつく両眼の横でぴこぴこ動いている猫耳は、やっぱり飾りなんじゃねえかと思いつつ、聞く耳持たずなまま思わぬ膂力にて立ち上がらせられた瞬間、小外刈のような足さばきが決まってあっさり背中からベッドへと押し倒されてしまうのだが。


 おーのーと叫ぶ余裕もなく、俺の頭の中ではラウンド開始のようなゴングのような音が高らかと響き渡るのみなのであった……大丈夫かこんな前夜でェ……


 暗転。


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