#036:猥雑だな!(あるいは、混沌マンは/きみっさー/瘴気を出してー)


 視界が霞む……なぜか斬られてない側の左目が特に……そのぼんやりしていく像の中で、宙を素っ気ない挙動にて飛んでいく己の右上腕部を見させられている……


 しかし、ヒトを「ルール無用」とか言っておいて、ことテメエの「法則ルール」自体が反則級じゃねえかよクソが……右手がマジで物理的に使用不能となった。こいつはルール云々よりも厳然と、こちらに焦燥と諦観を等分に与えてくるようで。


 いや「見えない刃」。そんなもんが自動発動するってんなら、おそらくは右手が使えたとしても防ぎようはねえ。


 負けか……俺の。いや、もっと直截的に言うのなら「死」……気合いこいて生命を賭けた真剣勝負に、それなりの覚悟を持って臨んだつもりだったが、やはり現代日本の平和感に毒されていた俺は、どこかでぬかった/ぬるかった。そうとしか思えねえ。


 <ネヤロ:8 VS ギンカク:2>


 打つ手なし。そんな、諦めが入っちまった俺の首元に、追撃なのかとどめなのか、衝撃の前の空気のゆらぎがふわと感じられた。終わり……だ。


「……!!」


 しかし、喉仏辺りに確かに衝撃は感じたものの、視界がごろりと逆転とかする気配はなく、場には一瞬の静寂が訪れている。飛んでいた視界の焦点を再び合わせ、白目になりつつあった目線を下にやると、


「……首狙いで来るって分かってたら……『見えない』ものでも防げないことは……ありませんでしたね……」


 そこには。「見えない刃」を、身体を張って受け止めてくれていたのは、首から下をまた「水色のゲル」化させたネコルだったわけで。


「……なるほど? では威力を上げて、ネコル神、あなたごと輪切ることとしようじゃあないか」


 が、ネヤロの声から余裕は失われていない。左手首の「バングル」から一枚のカードを抜き出すと、こちらに掲げ見せてくる。


 <……『倍加』>


 薄れゆく視界の中で、末尾のその文言だけが目に入った。おそらくてめえの攻撃の威力を2倍に増してくるご都合カードなんだろう。「見えない刃」の威力をも。


「銀閣さん……」


 蛇が如く軟体を変化させ、俺の首にマフラーのように巻き付いたネコルが、猫口から血の塊を吐きながらそう呼びかけて来る。おめえ……結構なダメージ受けてるじゃねえかよ。もういいぜ、お前まで巻き込みたく……みたいなことを言おうとした。


 刹那、刹那刹那だった……(なぜ区切ってから繰り返した……?


「……銀閣さんの……真摯に人生に立ち向かうという気構えも、もちろんいいんですけど、必要とは思うんですけど……」


 ん? 何か言いづらそうに言ってきたな。何だよ、この期に及んで。


「はっきり今は不要」


 と思ったら返す刀でばっさりきやがった。やめてその見えない刃ェ……


「どうあがいても、ケレン味以外はポンコツと、そう心の真芯マッしんなとこに爪で刻んでおかんかいぃぃぃぃぃッ!!」


 そのままぐいぐい頸動脈を締めてくるよこの無抵抗な人間に対して……あれぇそれ俺の専売特許ォォン……


 残り「2」まで迫った生命力ライフを、土壇場のパーティアタックによって削られ切られそうになりながらも、俺ももう諦めてはいた。


 ……「ケレン味」以外の、すべてのことを。まっとうな人生を全うすることを、努力したり、頭使ったり、周りの目を気にしたり、整合性を求めようとしたり、勇敢に真っ向から戦おうとしたり。


 すべては泡沫だったのだ……そしてやっぱり俺には「これ」しか無えようだ。完全なる諦観が全身を貫いた時、俺の中の暗い空間のようなところで、のそりと影のような「俺」が立ち上がったかのように、感じた。声帯が自然に奏でたのは透き通るような、賛美歌の如き荘厳なる歌声であったのだが。


ギン「もーおーやーめーだー♪ やーめーるーとーきもーすこやかーなーるーときもーお↑~♪」


ネヤ「何か高らかに歌い出したッ!? 意味は分からないが、なにかを超絶的に超越したかのような劇団ばりの歌い方……ッ!!」


ギン「オレ……ケレンミ……ツカウ……オマエ……コ○ス……」


ネヤ「と思ったら一転、人間とロボットの間に横たわる不気味谷の表情でなにか物騒なことを片言で世迷い呟き出したよ怖いぞよぉッ!!」


ギン「ネヤロ……貴様は強かった。だが、自分の『生』に執着するという、その確たる思いがほんの少しだけ俺が上回った。ただ、それだけのことだぜ……」(絶!ケレンミー♪)


ネヤ「あるぇ~、そんな整然と綺麗な展開だったっけか~? わ、わからんッ!! もう何一つわかりはしないが彼奴のペースに乗せられ始めているのは確か!! は、早いとこ、とどめを刺さねば喰われるッ!! 喰われてしまうぅぅぅぅううううッ!!」


 慌てた感じでネヤロが「刃」を発動させようとするが、


「……ケレン味完了。カードは銀閣さん、せっかくだからあなたが射出してくださいニャン♪」


 すでに猫蛇ネコルがその鎌首をもたげながら、俺の唇を奪っていたのだった……ちょっと周りの空気ごとピンクな感じに染まる……ということもなく、途端にどこかでみたような手品マジックのように、俺の口からどっさりカードが吐き出されてくるのだ↑が→。


「おぅえぇえぇぇぇええ……」


 しかも下手にタネも仕掛けも無いもんだから、俺の喉奥への負担ハンパない……だから「生命力ライフ:2」しかねえっつってんだろうがよ……これで死んだらどうすんだ。いや、もう「そういうの」は意に介しちゃならねえ。考えたら負けだ。カードを……ッ!! べちゃり出てきた最後の一枚を上下の唇を巻き込みつつしっかり保持してから、んぱっ、との少々お間抜けな音と共に、真っすぐ前へと飛ばす。


 <法則:『全回復』>


 そう書かれたる、これまたご都合のカードが出てきたわけだが、こいつは自分にじゃなく、相手に使う。ぺちょりと無防備なネヤロの額にそれは貼り付くと、極めてまっとうな「青白い回復光」がその巨体を包んでいく。こういう回復の仕方もやっぱ出来るんだよなぁ……いや、


 回復。これにより、「残り生命力10%で発動」するという奴の「見えない刃」は封じられた。ってわけだ。だが、そのためだけに回復させたわけじゃねえ。これは、これは……


 ……完全な勝ち負けをはっきり、キサマの脊髄に刻みこむためだあぁぁぁぁぁッ!!


「ネコルッ!!」


「『合身ガッシン:TAKE2』ですね!! んんんんばっち来ォォォオオオオオオッツ!!」


 こういうことには阿吽感が400%くらいある猫蛇ネコルが、呼応に対して瞬間雄叫び一発、俺の首元からしゅるり離れると、中空でいったん元の猫形態フォルムにしゅぱん戻ってから、今度は「香箱座り」と称される、両前肢を畳んだ直方体モードへと移行していく。そして、


「銀閣さん……痛く、しないでくださいね?」


 振り向きざまそんな余計なことをのたまってくる猫箱ネコルだが、ああもうわかったよッ!!


ギン「……『ケレン味どう』とは……混沌に堕ちることと見つけたり……」(檄!!ケレンミー♪)


ネヤ「び、ビタ一文、理解が及ぶ気配を見せない状況だが……最早『カード』だ『ルール』だ言ってる局面でないことだけは脊髄で把握をした……」


 呆然と、椅子に座るがままの姿勢で、肥満体ネヤロの巨顔から、表情という表情が抜け落ちていく……


ネコ「こ、こぉぉぉぉいッ!! こちとらとっくに覚悟は出来てんでぃぃぃいッ!! ぶっといの一発、ばっち来んかぁぁぁああああいッ!!」(檄!!ネコソミー♪)


 そんな次元を二歩三歩跨ぎ越えた空間に響くネコルの胴間声。直方体の後方部分に開いた、あなる穴が、ぬぽりと、俺の右腕の切断面と結合ドッキングを果たそうと、大口を開けて待っているよ怖いよ……


 破傷風とか、大丈夫だろうか、とか、逡巡している暇は勿論無かったので、俺はその漆黒の黒穴ブラックホールへと右腕を伸ばす。融合の瞬間にはやはり、切断された時の2倍以上の激痛が襲ってきたわけなのだが、それにひるんでいる暇も、もちろん無い。


 昨夜よりも確実に一歩踏み込んだ関係になりつつある俺らに……幸あれ……(サチアレー♪)

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