#032:非情だな!(あるいは、最果て/ヴィヴァーチェ/硬直戦)


 清々清々しい、目覚めである……


 昨晩、深夜遅く、いや、もう彼は誰れ時あけがただったかも知れねえが、とにかくかなり呑んでいた俺が遭遇したる諸々の出来事は、


 ……すべて、「現実」として俺の中では処理することとした。いまこの瞬間も、正にの現実……そして俺はこの「異世界」で生きていくこと、それを昨夜決断したのであった……


 細部も全貌をも詳細に記すことはまったくもって出来ないのだが、いまもその残滓が五感のすべてに沁み込むようにして存在している……その感覚が、俺をこの世界に繋ぎ留めていると言ったら……過言ではあるだろうか……よくは分からない……


 すべては……何だ、なんだかはうまく説明は出来ないが。


 俺は、俺を選んでくれたそいつのために、敵なす輩どもを成敗せにゃならん……


 そう決めた。今日も立たせ上げた前髪トサカに朝日を浴びせながら、俺は一足先に宿の外に出ると、遥か遠くに臨む山々を眺めながら、そう決意を新たにしたりもするのだが。と、


「ぎ、ぎぎぎ銀閣さん……おおおおはようございますぅ……」


 背後からそんなぎちぎちの緊張感を孕んだ猫声がかかり、俺も思わず背筋が固まる。それでもきわめて自然に振り返りつつ、よお、と声を掛けるが、猫姿のネコルはガニ股なんだか内股なんだかよく分からねえ足さばきで、ぎくしゃくとこちらに向かってくるわけで。


「すすす清々しい朝ですなあ……」


 そんな、ままならない言葉を、ままならない表情でのたまってくるのだが。だがまあ猫の姿で良かったぜ。余計なことを極力考えないで済む。


「あの女神の手の者は、あと二人って言ってたよな?」


 あくまで事務的にコトに当たろうとする俺だが、こちらをじ、と見上げて来る猫目にさえ、平常心を揺さぶられてしまう。ううぅぅん、自業とは言えしばらくはやりづれえ……


「左様……『鉛白えんぱくのネヤロヴィスタ』と『仙斎せんざいのシトネヴァリス』……ですがこのふたりはクズ女神ミィしんの両腕と称されるほどの実力者で候……」


 なんでそこまでキャラが定まらなくなっているのかが分からんが、そんなネコルの厳かさが、その二人が別格的強さなんだろうってことを暗に伝えてきやがる……(暗にでもないか)


 目指す最終目標ラスボス:クズミィ神がいる「何とか谷の何とかシカ」までは、「ゲィト」とやらの空間転移により、直線距離約「50km」余りにまで詰められているという。つまり当初「東京―福岡」間の約「1,100km」あった行程が「20分の1」ほどにこれでもかと縮まったことになる。


 福岡市と北九州市くらいの距離感になったのか……じゃあ最初の設定って何だったんだろうな……とか詮無いことを思いつつも、実際には海を越えていかなければならないそうで、そこは自分の船酔い体質も鑑みて、油断は出来ない。


 残された時間は「11日」。いやこれもまあ盛大に余ったな……一日5kmがとこ移動すればいい計算だが。いやだがまあそんな悠長なことを考えている俺では、もはや無い。


 さんざん言われ続けていたことだが、ここは現実だ。そして、のへり、とぼんやりしてようもんなら、己の命すら、いとも簡単にかっさらわれる可能性のある物騒な世界だ。俺はことここに至るまで、そこを真剣に考えてこなかった。


 まだ頭の奥の奥では、こんなワケの分からねえとこで、ワケわかんねえまま死ぬなんてことは無えだろう、みたいな甘く度し難い思考がどうしてもこびりつくようにして残っているが。


 死ぬだろう? 人は死ぬんだ。現に俺も一度死んでここに来ている。


 そこを誤魔化したり、見ないふりはダメだ。今までは「ケレン味」という自身の「能力」と、ネコルの協力と、そして幸運によって何とかうまくいっていたに過ぎねえ。それを肝に銘じるんだ……


 もう何となくやるのはやめだ。何となく生きるのはやめだ……ッ!!


 現実。この現実を、てめえの能力と選択とその他全部の力を使って切り拓く。てめえの人生を……生命を賭けて。最善を、尽くす……ッ!!


 頭の中がクリアになった気がした。余分な雑念とかが全て消え去って、「いまこの場にあるコト」をフラットに考える素地が脳の空間スペースにふわりと広がった気がする。


「……行くぜネコル。俺に……力を貸してくれ。残る三人をぶっ倒して、俺は、俺を、為すッ!!」


 極めて熱血な感じで言い放った俺だったが、


「ベッ、別に銀閣さんのためにやるわけじゃないんですからねッ!? ちょっとあんなコトがあったからって、のうのうと彼氏カレシヅラはやめてくださいよねッ!!」


 あっるぇ~、コイツ、こんな属性ツンデレ持ちだったっけか……


 朝からは胃にもたれそうなそんなやり取りに真顔になりながらも、まあひとまず目的地を目指すべい……と俺は街道をとぼとぼと歩き出すのだが。


 SETSUNA★だった……(いや表記は関係なかったなやっぱ……


「くあ~はっはっはっは!! くあ~はっはっはっはァッ!!」


 毎度毎度の初っ端高笑いに、俺はだが、不審感よりも敵対心を明確に以って戦闘の意志を固めていく。


 尺余ってるって再三言ってんのに、この性急さ……いや、それこそが「最善」を尽くす者の最善策なのかも知れねえ、いちいち突っ込んだり考えたりはもうやめだ。


 俺は、俺として、俺を為すッ!!(ケレンミー♪)


「我が名、ネヤロヴィスタッ!! 最凶の遊戯を、我と共に……」


 何も無い空中から忽然と現れそして道のど真ん中に降り立ったのは、ひとつの丸っこい人影。ひと目おっさんだな……


 黒一色の三つ揃えスーツに、遠目に見ると三角形に見えるほどの肥満体を押し込んだその中年とおぼしき男は、名乗ると共にその脂肪に包まれた左手首を突き出してくる。ぎょろりとした目には狡猾さと傲岸さが見て取れ、ひん曲がったでかい口からは悪意が漏れ出てきてそうな……いわゆるこれでもかの脂ぎった悪人面だ。まあ相手にとっちゃあ不足はねえ。


「……!!」


 途端に広がっていく例の暗黒の立方体フィールド。これまた急も急だが、そんなのに気圧される俺じゃあ最早ねえんだッ!!


「……」


 俺も左手首らへんに革紐で無理やり固定・装着していた紫女サ=エから受け継いだ「カードケース」を突き出してみる。いまだにその花のような残り香が絡みついているそれを鼻先あたりに持ってくると、その濃密さで一瞬、意識が別の方向に飛びかけてしまうのだが。


 いやいや、ぶれるな。こっからは真剣勝負ガチのタイマンだぜッ!!


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