#022:愚鈍だな!(あるいは、閉口世界より/全員集い合うのです)


「ッ八時ド○フなのッ!? 昭和の土曜の八時ド○フなのッ!?」


 ネコルの叱責により、ありえないほどの至近距離での爆破衝撃によって意識も飛ばされていた俺は、何故か髪がちりちりになっているだけで身体の痛みは無く良好な本日二度目の目覚めをかましたのだが。


 い、いやあ、なかなか気合いの入ったカーリーヘアですなあ……と、全身を真黒く染め、キツめのチリパーをかけられたような毛並み様態のネコルの全身を両手で荒めにもふもふしてやると、喉奥からゴロゴロ音を出しながらようやく機嫌を直してくれた。


 ギリギリの戦いだった……ジウ=オー、なかなかのつはものであった……と、余韻に浸るなどということは微塵も無く、ただただ勝利者の報酬、本日の生活費を得るがため、結構遠くまで飛ばされていた、黒ずくめの女のもとまで歩み寄っていく。


「……」


 尖った石がごろごろしている地べたに大仰臥している黒づくめの女……こちらもかなりパンチの利いた田中ばりのアフロになっていたが、不自然なほどに黒く煤けたその顔は、まだ戦う意志を失ってはいなさそうだった。おいおい、何だよその目力、確かに「三番勝負」は現時点で「一勝一敗」。最後の一戦で決着を付けようってのか? でももう体動かせねえだろうに……


「『ケレンミ』……それが『ケレンミ』か……」


 右頬らへんを小刻みに震えさせながら、それでも首を起こそうと渾身の力を込めているだろうジウ=オーに、俺は何と言うか畏怖の念みたいなものを感じちまっている。


 長髪ロンゲの時もそうだったが、こいつらの勝負への執念はハンパねえ。後ろに控えているクズミィ神とやらがどの程度の奴かはまだ計り知れねえが、部下たちの忠誠をここまで引き出すからにゃあ、相当の輩なんだろう。そんな奴を相手しなけりゃならないことに今後の一抹不安を拭いきれねえところもあるが、ひとまずは目先の案件を落着させないことには前には進めねえ。


 「前に進む」で思い出したが、一日の「移動ノルマ」もあるんだった……まだ昼飯にもなっていない時分から、身体の疲労感が色濃く蓄積してる感が拭いきれねえんだが。こっから何十キロと走らなあかんのか……ひょっとすると夜通し夜明けまでになる可能性もあるな……やだなそんなストイック過ぎる異世界……


 と、見下ろしていたジウ=オーの顔から、ふ、と力が抜け、次の瞬間、思いもよらなかったが、その顔面が「笑顔」という、最もこいつに会わなさそうな表情を呈してきたわけで。どこか、達観したかのような、妙な清々しさを持ったそれに、俺はつい目を奪われちまう。


「私の負けだ。殺せ」


 ……こいつらの死生観は、平和を当たり前のように享受している俺なんかとは根本的に違うのかも知れねえが。それでも死ぬっつうことはそこまで軽くはないはずだ、と思いてえ。現に死んであっさりと「転生」してしまってる俺が思う資格があるのかどうかは分からねえが。


「……お前さんの命に興味はねえよ。俺が欲しいのは、今日を生きるための糧となるものだけだぜ……」(ケレンミー♪)


 俺はその黒女の傍らにしゃがみ込むと、結構角ばった石が転がっている地面から、女の肩に手を回して上体を起こしてやる。うなじに食い込んで痛そうだったからな……


「……」


 さてじゃあおそらくかなりのデッキがあるだろう、カードの方をですな、いただこうとしますかねい……


 何となくやっていることがケレン味と相反している気もしなくもなかったが、先立つもの、それが何より大事、との確固たる信念をもってして、俺はジウ=オーの細身の身体を包む革っぽい質感の「スーツ」を検分し始めようとした。


 刹那、だった……(もう言うことは何も無ェ……


「くっ……わ、私に情けをかけたとしてッ!! 貴様に利することなど何もないのだからなッ!!」


 あっるぇ~……何だろう、希少属性ツンデレにさらに不器用で無骨な何かを掛け合わせたかのような……これが正にの「異世界」だ、みたいな感じを突きつけられた気がした……やばいな、この混沌カオスはやばい……


「……」


 一瞬、思考も行動も止まってしまった俺だが、急激に紅潮していくジウ=オーの顔をなるべく見ないようにしながら、もうさっさとこの場をずらかるぜい的考えで、カードの在処ありかと思しき、その左胸のポケットに当たりをつけ、その中を手探るのだが。


 それがいけなかった……(これももう何も言えねェ……多すぎィ……


「ジウ=オーさんッ!? 耐えなくていいんですよッ!? 恥辱に!! このヒト大概がポンコツなんですからッ!!」


 ネコルの困惑気味の声が響き渡る。俺はと言えば、黒女の胸ポケットに目指すカードを大枚見つけたのだが、爆破の衝撃なのか、「革スーツ」のところどころがほつれていて、そこに角が引っかかってうまく取り出せずに出したり戻したり角度を変えてまた引き出してみたり、引っかかっている所を円を描くようにして外そうとして何度も回してみたりを繰り返していた。その度に全身をびくつかせてくる黒女……


 何故かこれまで以上に顔面を真っ赤にさせつつも、下唇を思い切り噛んで声を漏らさないようにしている黒女の姿態に、またも思考やら行動を遮断されるかのような感覚を受け取ってる俺がいる……


 何かやばい。よくは分からんが、何らかのやばさは脊髄で感じた。もぉう、この場は即ばっくれるしかねえ……ッ


「!!」


 引っかかりは感じていたものの、しょうがないから力ずくでカード束を引き抜いた瞬間、ひときわ大きなびくつきと共に、黒女の身体が弓なりにのけぞった。そのまま俺の腕の中でへなり、と最後の力を使い果たしたかのように見えた黒女が気を失ったか、重みを増してきた。俺は柔らかそうな草の生えた所を目で探すと、そこに静かに横たえる。


 うん……これ以上この場に留まるのは危険だ……何故か呆れうんざり顔のネコルを促すと、俺は奪ったカード束をジーンズの尻ポケットに突っ込んで走り出そうとするのだが。


 <はぁ~はっはっはッ!! はぁ~はっはっはあッ!!>


 突如、辺り一面にそのような女の高笑いが響き渡ったのである。やばさがやばさを引き寄せたように感じた俺の直感は、はからずもこの後、「正」であることを示されてしまうわけで。


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