#017:珍妙だな!(あるいは、せめぎ合い空虚/鋼鉄のセルコン)


 ごわんごわんと、右こめかみを登り、前頭部を締め付けるようにして痛めつけながら、左こめかみを降りていくような血流を感じている……


 やっちまった。呑み過ぎた。


 「普段」の俺ならば、ほどほどの一歩手前くらいで切り上げている。翌日の仕事……長距離の運転には、過ぎた飲酒は少なからず必ず響くからであり。


 だが今回は、日常離れした……もっと言えば浮世離れした周りを包む雰囲気すべてが、俺を痛飲へと誘ったのであろう……


 それプラス、楽しい酒だった。見た目まるきり猫ではあったものの、飲みながらの対話は取りとめも無く、自分が何喋って何に笑ったのかも覚えていないほどだったものの。


 ついつい高揚した気分で盃をあおりあおって、後先考えずにただただ流し込んじまった、その結果がコレだ。アルコールは尋常じゃなく分解早いんだが、その後のアルデヒドを分解する機構がな……うまく働かないっつう難儀な体質だったことを、この「世界」に来て久しぶりに思い出しちまった。ぐえ、さながら頭に輪っかを嵌められた孫悟空の気分だぜ……


「……」


 とりあえず水でも、と、仰向け状態で寝転がっていた自分の状態を痛む頭でそろりそろりと理解すると共に、泥の中に埋められてるんじゃねえかくらいに重力がへばりついてくる感覚の身体も同様に静かに動かしていく。


 後頭部に感じるのは、ごわごわはしてたが、布の感触だ。かなり荒くて繊維の編み込まれ方まで頭皮で感じるほどだが、確かに人の手の入った布地……つまりはシーツ、あるいは枕カバー的なもの……ということは、俺はちゃんと宿を取ってそこのベッドか何かに寝ていたと、そういうわけだな。わけだよな? まったく覚えはないが。


 そして、重い瞼をうすら開けて見えたのはほとんどが黒い闇であったものの、右手方向にぼんやり暗い瑠璃色の四角が見て取れた。そこからはうわんうわんと反響してくる酔っぱらい達の大声の残滓が、やや湿った空気の流れと共に漏れ入って来ているわけで、おそらくそこは開け放たれた窓なんだろう。諸々鑑みると、今はまだ夜明け前ってとこか。


 「時間」というものがこの「異世界」でどうなっているかは分からないが、夕暮れ時に見たあの「太陽」の周りを「この天体」が公転しつつ自転もかましていると仮定して、なおかつネコルが言ってた「地球と似た」……っていう事を鵜呑みにするのなら、多分ここでの「1日」も、「24時間」くらいの体感なのだろう。


 うんうん、ますます、諸々異世界ではあるが、元世界の物理は通用しそうで何よりだー、その勢いで上水道も蛇口も整備されてて、ひねったら飲用に足る水が出て来るかも知れねえ……との期待が、喉奥から酸味を帯びた液体と共に込み上げて来た俺は、ひとまず部屋の様子を探ろうと、まずは上体から起こすために、ままならない両腕を突っ張ってみるものの。


 刹那、だった……(刹那って意味がよく分からなくなってきた……


 左掌が掴んだものは、確かに布地シーツであろうかったのだが、その感触が、何というか、その下にクッションというか、いやそれにしては妙に温かく、弾力に富んだというか、表面に膜のような生硬さを有しているものの、ひと皮その直下には、熱く張りつめてなお揺蕩うというか、とにかく柔らかくそして緩やかな曲線カーブを描く丸い物体が、それが何かを確かめようと性急に触り撫で探り揉み上げる俺の指触覚に、まるで構成細胞ひとつひとつをも侵食するかのように凶悪な反発リパルジョンをしてくるのであった……


 いや、いかん。これ以上、己の探求心のおもむくままに行動をしてしまうと、この世界までもが崩壊する可能性がある……そう、それは決して大袈裟な考えじゃあない。この異世界を支配せんとしてくるクズミィ神の上方に位置する「理を司る者」を、さらに上方から司りし者たちから、無慈悲な禁則警告を喰らい、この世界が微塵も残さずに消し去られること……それはあり得ないことではないのだから……


 がんがん痛む頭蓋骨と大脳の狭間あたりで、そんな滅裂なことを考えてしまう俺だが、とりあえず左手を引っ込めた方が良さそうだとの結論にはすぐに至った。小指と薬指の股に偶然挟まっていた、周囲の柔らかさとはまた別の、硬さと柔らかさが共存しているかのような、不思議な豆のような感触のものは一体何だろうという好奇心を不断の努力で封じ込めた俺は、いったん落ち着こうと鼻から大きく深く空気を肺に取り入れようと吸い込んだ。


 それがいけなかった。


「はっ、はっ、はぶしょぉぉぉぉぉぉォォォォッ!!」


 割と埃っぽい室内だったようで、その嗅ぎ慣れない異国の香辛料めいた刺激が俺の鼻奥を直撃した瞬間に盛大なくしゃみが飛び出てしまったのだが、それは良いとしつつも、その勢いで、左手も勢いよく前方へとスライドしてしまっていた。刹那、小指薬指間から、薬指―中指―人差し指―そして親指の腹を何かが連続的にこすれ弾かれていく感触が……ッ!!


「ふみゃああああああぁぁあああんッ!?」


 そして響き渡る甘い猫声……ッ!! 危険だッ……!! 危険な撃鉄トリガーを「理を司る者」は、反省もせず隙あらば引かせようと手ぐすね引いてやがるな……ッ!! だが世界の崩壊は、この俺が食い止めなくては……ッ!!(ケレソミー↓)


 薄暗い中でも艶めいて見える白い肢体、上体を起こしつつ、シーツを胸元まで引っ張り上げてこちらを驚きの顔で見やって来るのは、……嗚呼そう言えば「『ルール』によって、この世界では、陽が射している間は、ネコの姿にならなければいけない」とか言ってたっけ……でも夜、酒を一緒にかっ喰らってた時は猫の姿だったから、日光さえ浴びてなけりゃあ割と自分の意思で「人―猫」の「変化」は自由なのか……とか、そっち方面のどうでもいいことに意識を振っていないと、理性を保てそうもなかった。


「す、すまん……」


 なけなしの精神力をもって、俺は断じて不可抗力で同衾していたと言える、動くとギシギシいうベッドの壁際までずり寄り、そのざらとした質感の塗り壁に額を擦りつけて耐えようとするが。


 すでに目を固く閉じてはいたものの、残像としてかえってはっきり焼き付いている、こちらを向いた潤んだ瞳と、華奢ながら豊潤であるところは豊潤に過ぎるその姿に大脳は埋め尽くされ、さらに二人が動いたことによって巻き起こった空気の流れが、俺の鼻腔に柑橘のような、甘酸っぱい芳香を運んで来るという……ギリギリの状況下なわけであって……


「……あ、あの……猫なら宿泊代も節約できると思ってそのままいたんですが……この方が楽なんで戻ってたんですよね……ごめんなさい」


 しおらしく言うその声も、もうあかんッ。最大窮地。であればもう、やるべきことは決まってる。この世界は……俺が、守るッ!!(ケレソミー↓)


ギン「撃てッ!! ネコル撃てェッ!! 『一点集中』とかいってた奴を、俺の大脳記憶野目掛け寸分違わずにィッ!!」


ネコ「えええええッ!? さすがに死んじゃいますよぅッ!? そ、それよりも凄いうなされてましたけど大丈夫ですか? あ、でも……うふふ、私が添い寝して髪の毛を指で梳いてあげてたら、子供みたいな笑顔を見せてくれながら落ち着いてすや寝に移行しましたけどね? ふふ、前髪トサカ降ろすと、銀閣さんって結構少年っぽい感じになってそれはそれでかわいいっていうか」


ギン「ん喋んじゃねえぇぇぇぇっぇえええッ!! 崩壊していいのか? お前の大切な世界なんだろうがよぉぉぉぉぉッ!?」


ネコ「おおお落ち着いて!? 『崩壊』ってなに!! クズ女神ミィしんの魔の手がいま正にここにッ!?」


ギン「ワケは今は聞くなッ、詳細もじっくりとは考えずッ、だが俺を信じろッ!! はやく……ッ、はやく俺の理性の残っている内に、俺の内側にいる凶悪な輩を……焼き尽くすんだよぉッ!!」(ケレソミー↓)


 もう駄目だ。いまだに躊躇している気配の美女ネコルの姿をなるべく見ないようにしながら薄目で何とか辺りを付けると、思い切って両腕を限界まで伸ばして、そのほっそりとした首をがしりと掴む。


「オラァ撃てぇッ、はよ撃てぇッ!! 撃たんかいぃぃぃぃぃぃいいいッ!!」


 ええ……これってその手のヘキじゃないですよね……いつも思うんですけど、本気でオトそうと締め付けてくるのって何ッ!? と、ようやく平常運転に戻ってきたらしきネコルの呻き声と共に。


「えええええもぉぉぉぉ、『全能ォォ、クラゥル=ミッサァィル』ッ!!」


 ……ミッサァィル、ミッサァィ……との流暢な余韻を残しながら、両の猫耳から限りなく横に近い斜め方向に一発づつ射出された青いエネルギーの塊が、俺の両こめかみを自動追尾ロックオンしながら接触したかと思った瞬間、激しい両側からの青い爆発に、俺の意識ははかなく消し飛ばさ


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