#002:強引だな!(あるいは、始まらない/無間空間)
「……」
招き猫のようなポーズと共に、いまどきやらねえだろみたいなこれでもかの顔筋使いまくりの全開スマイルと思い切りなウインクで相対されて、はたしてどうすればいいと言うのか。
肩までのやけにボリューム感のある髪の色は、目の覚めるようなエメラルドグリーンだが、何というか不自然な感じが無い。そして、顔の作りも、正直悪くない。大きく表情のある青い瞳、つんと上を向いた鼻筋、そして薄いがきゅっとした感じの唇。だがその耳の部分には、何だろう、ヒマラヤンのそれを大きくしたような黒い艶やかな「猫耳」が展開してたわけだが普通そこの位置じゃねえよなあ……
そして、すらりとした体躯に、アンバランスなほどの豊潤な双球。それは非常に結構なのだが、そのしなやかな
……詰め込み過ぎだろ。目に来る原色がハレーションを起こしそうで網膜が直視を避けろと制してくるような、そんな色合いだ。うん、なるべく視界には入れないようにコトを粛々と進めていこう……
徐々に伏し目がちになりつつある俺には、「ネコル」という単語しか鼓膜に届かなかったが、その名が示す通り、モチーフは「猫」っぽい。もちろんなぜそのようなモチーフに則るか、とかそういった不毛な疑問は延髄あたりで
「あの」「待って!! だいじょうぶだいじょうぶ、貴方の言いたいことは既に読み取れているのだからッ!!」
何とか物事の諸々を先に進ませようとした俺だが、そのさまようばかりの言葉を制して、見た目よりも意外な高めの声で食い気味に被せられた。
見た目といったが、素っ頓狂な格好を大脳演算により逐一外してみると、先ほども思ったが妙齢、かつ落ち着いた感じのいい
「めったな事を思い浮かべますと、この『天上天下★全知全能棒』が火を噴きますわよ」
マイナス273℃くらいの温度を感じさせない物騒な言葉が、感情を吹き消したような小綺麗な顔から放たれると、否応も無く根源的に怖いわけで。いつの間にか抜き出したのか、その黒革に包まれた右手には、
余計な面倒事は極力避けるという最近の俺の金科玉条に従い、なるべく心を無に保ちつつ、俺は体を起こし、ついでに立ち上がって周りを改めて見渡してみる。
手の込んだVR……との果敢ない祈りに似た願いは、思わず掬ってみた足元のピンクの雲状のものが与えてきた、さらさらとした触感や、ひんやりとした冷感や、ほのかに香ってきた、金木犀のようなにおいが、霧散させていく。何より、リアルに過ぎる。この雲状のものの上に乗れているというところは流石にアレだが。
落ち着いてみようと一向に現実感はミリほども沸いてこないものの、実体感はある。ただそれら実体が、例えばピンクい妙な弾力を有している「雲」であったり、遥か彼方にいつの間にか出現していた、どこの国の意匠かはっきりしない、金色と白色を基調とした巨大な石造りと思われる「神殿」めいた巨大建造物であったりと、シャバでは余りお目にかかれないものであるだけだ。
「俺は」「ああー、はいはい、これから説明するから!! ちょっと待って、だにゃん♪」
俺の出鼻を挫くことだけに神経の大部分を集中しているかのような、その
ならば、臆せず応じるまでよ。
急速に肚の座ってきた俺は、その不審ながらもしなやかな体躯をしゃなりとさせて佇んでいる猫耳に、目線を絡ませ、ぐいと向き合う。「説明」とやらを……聞かせてもらおうじゃねーか。相対し、それを認めた青い瞳が、ぐ、と真剣な光を帯びる。と、
「まず。これは貴方が今思いすがっているような『夢』の類いではありません」
よし、心を強く持て
「貴方は貴方の世界で、一度死にました」
よーしよし、どんと来い。死んだんだな俺は? じゃあ今ここで死ぬほど混乱している俺は誰だ? 何だ? 何らかの曖昧な概念的な存在なのか?
「
遠い目で多分に余韻を持たせた、当事者のみをイラつかせる口調でつらつらと、そのアラサー猫耳女はのたまうのだ↑が→。
……死んで甦ったと。にわかには信じがたいが、他ならぬ俺がそいつを呑み込まないと、物事の諸々は進まないからはよせえと。思うそばからそれを的確に読み取って、うんうんと頷きをかましてくる猫耳女に若干のウザさを感じているものの、
「『特殊な状況下』? 『世界を救うための資質』?
俺の、結構自信あった渾身のガンくれにも動ぜずに、猫耳女が紡ぎ出してきた次なる言葉に、今度こそ俺は真顔で固まってしまう。
「……『返納帰り』の国道を『逆走』してきた『ホ○ダ』の車に轢かれる。それこそが、異世界への扉……だったのです……」
うーん、天文学的とは言えなくねえし、今後そんなことは増えて来るかも知れねえイヤな時代だぜ……とか、そんなことを思い浮かべるしかなかった。でもメーカーを特定しちゃうのは、とある筋から怒られやしないかい? と、なるべく己に起こった物事から意識を外そう外そうとするベクトルに、思考は動いてしまうのだが。
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