第100話 小さなメイド


 いやはや、世の中には摩訶不思議なこともあるものですな。


 まさか、アヤノのような淑女が、おさない少女になってしまうとは。


「なるほど、事情はわかりました、アヤノさん。つまりは、レティスお嬢様にいたずらされて、謎の霊薬を仕込まれたお風呂に入ってしまったというわけですね」


「はい……まさか、若返ってしまうなんて思いもよらなかったです……」


 ベッドに腰掛けるゴルゴンドーラ殿は、事情聴衆をおえてちいさくため息をついています。


 肩をおとし、小さくなった自分の手に視線をおとすアヤノ。落胆する哀愁は、とても12歳の少女がまとうものではありません。


「レティスお嬢様、いったい何を入れたんですか?」


 ゴルゴンドーラ殿は紙にメモを取りながら、今度はアヤノのとなりにちょこんと座るお嬢様へ視線を向けた。


「わかんないわー、治癒ポーションと良い効果のある霊薬をいっぱい入れただけだもんっ!」


「っ、お嬢様、なんて恐ろしいことを……っ!」


「それは完全にアウトです。微妙な成分調整で、まったく効能が変わってしまう魔力触媒を、ごちゃ混ぜにするなんて危険すぎます」


 酔いを覚ますため、頭にあてているが、そんなわたしの鈍い思考が冴え渡るくらいに、お嬢様の殺人的な行為は肝を冷やさせます。

 

 恐ろしい、お嬢様はアヤノに何か恨みがあったのでしょうか。謎です。


「違うの……っ! わたしは、レティスは、アヤノがいつも一生懸命働いてくれるから、そのお礼がしたかったの……」


 あぁ、なんと言うことですか。

 お嬢様はどこまで美しいこころをお持ちなんだ。


 アヤノを恨んでいたなど、とんでもない、そんな事考えるだけで不敬すぎますな。


 むせび泣くアヤノとゴルゴンドーラ殿は、もう使い物になりそうにありません。

 ここは、このエゴスが取り仕切るとしますかな。


「とにかく、アヤノをこのままにしておく訳に行きませんな。彼女にはパールトン家次期当主のお世話係という偉大なる役目が与えられています。……いたし方ありません、このエゴスがその役目を代わりーー」


「待ってください、エゴスさん。それはないですよ。あなたにはこの屋敷から離れ、ヨルプウィスト人間国へいくまでの間、

 パールトン家の代理代表を務める義務があるはず。そんな大層な仕事を受け持つエゴスさんに、これ以上の負担は掛けられません。是非、レティスお嬢様の入浴係はお任せください」


「あの、ゴルゴンドーラ先生、入浴係じゃないです」


 本音が漏れてますぞ、ゴルゴンドーラ殿。


 彼は信頼のおける人材ですが、お嬢様に近づけすぎるのは危険だと、このエゴス、重々承知しております。


 ゆえに、お嬢様のあられもない姿をおがめながら「じぃじぃ! じぃじぃ!」と呼ばれる係は、決して譲れないのですぞ!


「んっん、ゴルゴンドーラ殿、安心してくださいませ。このグレーとバトラーエゴス、必ずやすべての任務を完遂してみせましょう」


「チッ……このロリコンじじぃ……」


「ん、今何か聞こえたような?」


「いえ、気のせいですよ、エゴスさん。……それじゃ、俺はアヤノさんの世話係になりますね」


「結構です。それに、お嬢様だって私ひとりで十分です。お2人とも自分の仕事だけしていてください」


 ぐぬぬ、おのれ、アヤノ……!

 このエゴスの意図を確実に潰しにくるとは血も涙もないメイドですな。


 こうなったらアヤノをゴルゴンドーラ殿に押し付ける方向で、手を組むしかーー。



 ーー結局、男たちの主張が通ることはなかった。

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