第61話 四属の魔法詠唱者

 

 やけに肌寒い。

 二か月前の真冬を思わせる冷たい空気が、のどに鳥肌をたてさせたあの日々を思いだす。


 ああ、幼き日からオレを育ててくれた爺よ、大魔術師ケプラーはうまくやっているのか。


 自らの手で戦場へ送り出しておいておかしな話だ。


 だが、オレには時として非合理的な感情をいだくことがあった。


 それは、支配者として欠陥の誰にも悟られてはいけない、凡人のもつ思考・感情だ。


 支配者とはつねに計算高く、すべてを盤上におさめていなければいけないのだからーー。


「ーーバルマスト帝、平気ですか?」

「っ、ここは……?」


 ゴルゴンドーラの声は、触発された過去にひたるオレの意識を現実へと引きもどした。


 目隠しをはずされ視界にあたりの景色をおさめると、あのパールトン邸の扉の先が、これほどまでに煩雑になっていたのかと思うほどに、埃にまみれた無骨な石室が現れた。


 あたりの兵士たちですら目を見張り、自分の手や体をペタペタして状況を不思議がっている。


「まさかほんとうに、転移魔法をあつかえるとは。一個人が所有するには、信じられないほどの戦略性を秘めた魔法ですな」


「えぇ……まぁ、そうでしょうね。それこそ国が所有すれば、世界侵略もの人間の悪知恵がはたらく魔法でもあります」


「おまえ、これか、この魔法陣が転移を可能としていーー」


 足元に描かれた複雑怪奇な魔術の言語は、高度な魔法を使用するさいに用いられるものだ。


 ああ、そうだ、思い出してきた。


 このゴルゴンドーラ、いきなり魔法省に現れたと思ったら、これまたいきなりオレたちを攻撃しはじめたのだ。


 どうしてあの時は帝国内にいたのか不思議であったが、なるほど状況がつかめてきたじゃないか。


「この魔法もまた魔法王国が独占しているわけか」

「いいや、違う。これはどちらかと言えば師匠のものだ……まぁいいか」


 サラモンドは青白い瞳をギョロっと向けてくると、オレの背をぽんっと押しながら歩きだした。


 石室のことは廊下になっていて、わずかに明かりが差しこむ扉をみつけた。


 ゴルゴンドーラが杖をふって魔法をつかうと、光のわずかに差しこむばかりだったその場所は、生き物のようにうねって、自らで道をつくってしまった。


 まわりで感心する兵士たちとおなじ気分になりつつ、後をついていくと、オレはようやく自分が地面の下にいたのだと気がついた。


 ーーそんな時だ、彼の声が聞こえたのは。


「あーらら、こりゃまたいっぱい連れて来ちゃって。ダメだろう、サラモンド、それは一応禁術中の禁術なんだから。バレたら竜に呪われてしまう」


「っ」


 幼き日に聞いたことのあるその声。

 断片的な記憶が蘇り、遠い記憶に接触する。


 それと同時、オレの半歩後ろを歩いていたゴルゴンドーラが「ぇぇ……」と、

 かすれた息をもらして声の主人ーー白髪を短く刈り込んだ壮年の男へと、のそりのそりと近づいていく。


「やっぱ生きてたんですね。というか、こんなタイミングで出てこられても困りますよ、師匠」


 元宮廷魔術師ゴルゴンドーラの師、ということはこの男がゴルゴンドーラの前に宮廷魔術師の座についていた「四属しぞく魔法詠唱者まほうえいしょうしゃ」ーー。


 なるほど、この師弟はどうにも複雑らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る