第51話 ナッシィじいさんと空白の1年
のっそりと声するほうへと振り返る。
「ああ、やっぱり、宮廷魔術師をのサラモーー」
「しーっ、しーっ!」
ぺちゃくちゃ喋りだすこと必須の、見覚えのある顔へ記憶をよびおこされ、すぐに口を塞ぎにかかる。
「むーむ! むむ!」
「静かにしろ。約束できるな?」
「むん!」
「よし」
うろんげな視線をおくってくる往復機の当番兵へ、にこやかに笑いかけ、取り押さえた小柄な老人を往復機のはじへ連れていくいく。
「ぷはっ、相変わらず高齢者への敬いが足りないガキじゃの」
「ナッシィじいさん……まだ生きてたのか」
「勝手に殺すんじゃないわい」
小柄な老人、彼の名はナッシィ。
ただのナッシィだ。
幼い頃、道端に捨てられていた俺を拾って師匠と巡り合わせてくれた、いわば命の恩人のような存在だ。
「こんなところで何してるんだ、ナッシィじいさん」
「それはこっちのセリフじゃ。1年前からピタッと会いに来なくなって。わしを孤独死させる気かとヒヤヒヤしたわい」
ナッシィはハゲあがった頭をなでて、潤沢なあごひげを手でしごいた。
最後にあったときと変わらず、バランスの悪い毛の配分である。
「にしても、ぼうずや、なぜそんな格好をしておる。おぬしはこの国の宮廷魔術ーー」
だからその先を言うなって。
俺はふたたびナッシィの口を押さえて、健康な耳元へ口を近づけた。
「ナッシィじいさん、俺はもう宮廷魔術師じゃないんだ。それに何よりも帝国の人間ですらない」
「ぷはっ、何を言っておるんじゃ。ぼうずはしっかりとここにいるではないか」
「今、俺、敵地に侵入してるところなんだ。現在進行形でな」
ナッシィの首を解放してやり、ゆっくりと上昇するリフトの端へと共に足をすすめる。
だんだん霧の薄くなってきた。
俺はだんだん遠く、霞んでいく谷底を見下ろしながら、ナッシィへ約1年前に俺に何があったのかを話した。
ナッシィはやや驚いた様子だったが、すぐに物事を納得したようすで深くうなづいてくれた。
「そうなると思ったんじゃ。当時は国民全員が、若くして宮廷魔術師になったおぬしのことを気にかけていたからの。最近はピタッと噂が途絶えたから何事かと思ったが、まさか国を追放されていたとは驚きじゃ」
「いや、追放まではされなかったけど……ノリと勢いで亡命しちゃったって言うか、なんかな」
今にして思えばすごく急なことだったと改めて思う。
相変わらずの偏屈な
もしかしたら、未だに帝国宮廷魔術師、その3つの座席のうち俺のいた場所は空席なのかもしれない。
権力争いの好きな長老たちのことだ。
せっかく空いた席を素直に誰かに譲るとは考えにくい。
「それにしても、ぼうずや、ゲオニエスとローレシアは今、戦争のまっただなかじゃ。
ぼうずのことじゃ、何か目的があってこの古巣へと戻ってきたのじゃろう?」
「あぁ、もちろん」
「……何しに来たか、敵国の恩人へ教えてはくれんかの〜?」
ナッシィはニヤついて楽しそうに聞いてくる。
俺はこのじいさんほど無害な人間を知らない。
「じゃあ、交換条件だ。まず教えて欲しいことがある」
見えてくる青い空。
まだ冷たさ残るしめった谷の空気をうんと吸いこみ、一拍置いてから、俺はナッシィへと尋ねる。
「約束された
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