第41話 指導教官

 

 ゲオニエス帝国が宣戦布告してはやくも1週間が過ぎた。


 地方では冬を越えるため農作物の刈りはいるこの季節、王都では初期の徴兵によって集まった兵士たちの訓練が、ローレシア騎士団の指導のもとおこなわれはじめていた。


 精強な帝国騎士団『戦慄の十師団』のような、常備軍は魔法王国にはない。


 それゆえに、魔法王国は侵攻に対抗するために民兵を徴兵によってかき集めなければならない。


 それも大量にだ。


 ひとりあたりの兵士の質が大きく劣る以上、魔法王国はかなりの労力を掛けなければ、帝国の侵攻を食い止めることなどできないのだ。


「おや、サラモンド殿宛にお手紙が届いておりますな」


「俺宛にですか」


 暖かな暖炉まえでレティスの読書を見守っていると、エゴスがいくつか手紙をもってやってきた」


 受け取り、風を開けてみる。


「これは……どうやら、俺のことを魔法王国の騎士団が呼んでるようですね」


 手紙を折りたたみつつ、金の刺繍はいった白ローブの内側へしまいこむ。


「まさか、徴兵ですか?」


 茶菓子をもってきたアヤノが心配そうに聞いてきた。


「いえ、なんでも魔法王国騎士団のうち、魔術師団に加わって兵士たちに魔術の指導してほしいらしいです」

「あぁ、なるほど指導教官の誘いですか」

「やはり、そうでしたか」


 納得顔のエゴスは、うんうん、とうなづく。


「サラモンド殿が帝国の元宮廷魔術師という情報は、騎士団のもとへ渡っているようですな」

「エゴスさんは、指導教官に呼ばれたことがあるのですか?」

「えぇ、つい先日、わたくしめの所にも封が届きました。もちろん、お断りさせてもらいましたが」


 ほう、まさかエゴスが教官に抜擢されるほどの武芸者だったとは驚きだ。


「エゴス様は独特な魔術の使い手で、若いころは凄まじかったらしいですよ、サラモンド先生」


 こっそりと耳打ちしてくるアヤノの言葉に相槌をうつ。


 モノクルをかけた品の良い老顔を見あげる。


「エゴス! レティス、お茶おかわりー!」

「はい、しばしお待ち下さいませ、お嬢様」


 うむ、とてもそうは見えないな。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 魔法王国の王都ローレシアはおおきな外壁によって、二つの層に分けられている。


 外側には、魔術大学や冒険者ギルド、魔術協会に商人の集う市場、王都民の居住区などが集まっており、

 内側には、パールトン邸をはじめとした貴族たちの王都での別荘や、ローレシア王の住まう王城がある。


 ローレシア騎士団の兵舎はそんな王城のお膝元にあるのだ。


「止まれ。志願兵か? 身元を証明できるものを持っているか。経歴の説明を簡単にしろ」


 王城の立派な正門とは別の、ちかくに設置された簡素な扉で門番していた兵士にとめられた。


「指導教官の要請があったので、参上しました。前職は帝国の宮廷魔術師していました、

 今はレトレシア魔術大学で学生の身分をしております。名はサラモンド・ゴルゴンドーラです」


「指導教官……元宮廷魔術師……ッ、少々お待ちくださいませ。すぐに上官を呼んで参ります」


 門番をしていた兵士は、一礼して、ちかくの兵士に持ち場をかわらせると扉の奥へ走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る